« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月29日 (土)

偽警官

『地球の歩き方』をはじめとして、ハンガリー関連のガイドブックには、必ず「偽警官に注意」と書いてある。そんなことあるんかいな、、、と何人かの方に尋ねたことがあるが、どたなも「聞いたことない」と言う。
そんな中、少し散歩をと街をふらついていたら、やがて人気のない寂しい通りへ。そこに実に働き者そうなおっちゃんが「クルマが動かなくなって、ロードサービスに電話したい。携帯を持っているか」と聞いてきた。「持っていない」と答えると、「では地図で現在地を教えてくれ」と言う。そこで、一緒に地図を覗きこんだとたん、、、
「コカインかハシシ持っているだろう」と手帳を見せながら、それっぽい2人が登場。「おお、出た! 偽警官!」。ここまではどう対応するは想定内というか、要は「NO!」と言って立ち去ればいい。それに、このおっちゃんが何とかしてくれるはずだ。
期待通り、おっちゃんがマジャール語で「警官」と話し出した(そうそう、この偽警官を追っ払ってくれよと期待)。そして、僕に「本当に申し訳ない。ここはこの人たちに従おう」と財布や身分証明書を出し始め、「警官」の一人が「コカイン、ハシシ」と言いながらボディチェックを始めた。
何だ! このおっちゃんもグルだったのか!
偽警官は二人連れという先入観が災いして、おっちゃんを味方と思ってしまっていたのだ。やがて僕の番。一人の「警官」は財布の中を見せろと言う。もう一人はボディチェックを始めた。おっちゃんは「心配ない、とられないから」みたいなことを言っている。構図としては、このおっちゃんも含め3名に囲まれる形となった。2対2と思い込んでいたところが、急に1対3になって、心理的にも劣勢に立たされた。
そこでS先生の言葉を思い出した。「ハンガリー人は東洋人を見るとブルース・リーに見える」と。
「オイ!」
と2回ほど大声を出した。「警官」はサッと手を引っ込めた。そしておっちゃんには身分証明書類を返却し、何かを言って立ち去った。おっちゃんはばつが悪そうにしている。長居は無用。僕もその場を早急に立ち去った。土曜の雨の降りそうな夕方の出来事だった。

2012年9月28日 (金)

お宅紹介(その2)

20120926
前回に引き続き、今回はバスルームを。
実は先週の金曜日から湯沸かし器の具合がおかしく、写真左下のアラームが点滅しはじめた。日曜日には全くお湯がでなくなり、シャワーも浴びられなくなった。アパート管理会社はお休みで、モノがガスだけに、ややヤキモキしながら月曜日を迎えた。管理会社の派遣するボイラーマンがやってきて、水圧を変更して直してくれた。親切にも湯沸かし器の説明をしてくださったのだが、僕が聞き取れたのは「nulla(ゼロ)」と「kék(青い)」と「viz(水)」だけ、「計器がゼロになっている時は水圧をあげて青いレンジまで持って行く」といったんだろうと、、、、思う、、、きっと。
水曜日は煙突チェック。法的に定められているようで、写真左上のような書面での連絡と修了後報告が行われる。もっともチェックは30秒で、紙を煙突に入れていただけのような気がする。まぁ、これで一安心。


2012年9月27日 (木)

2ヶ月ぶりのコーヒー

2ヶ月ぶりに喫茶店に入った。同僚に院生とお茶をすると誘われて着いていったのだが、コーヒーを飲んで、そういえば最後にコーヒーを飲んだのは、こっちに到着して最初の数日間を過ごしたホテルの朝食だったことに気がついた。2ヶ月ぶりのコーヒーは美味しかった。院生・同僚との語らいも楽しかった。
帰りにスーパーに寄って、これも2ヶ月ぶりになるのだろうが、お菓子(といってもピーナッツ)を買った。どうもお菓子の値段が高いような気がする。例えばポテトチップ。日本だと缶ビール300円にポテトチップ100円ちょっとだろうか。こっちは缶ビール200ftでポテトチップは300ft。酒を飲むときにピーナッツやポテトチップを食べないのは、高いというのもあるのだろうか。チョコやクッキーのような甘いものは日本でも全く買わないが、やはり300ftはすると思う。
あと日本でよく食べたが、こっちにあるのに食べなくなったものとしては、卵。日本にいるときは、医者から卵を減らすようにと食事制限されるくらい(1日1~2個)食べていたのに、見事に2ヶ月間食べていない。油・塩・砂糖・バターを買っていないので、自炊には一切添加しない。炒めるのは肉から出る油だけで、あとは全て煮て作るというのは、南三陸の炊き出しボランティアで学んだ智慧。調味料としてコンソメと醤油とスパイス類があるだけだ。あっ、マヨネーズとケチャップは重要だ。

2012年9月26日 (水)

アダムスキー型

Dsc02402
こっちに来て運動らしい運動をしていない。考えてみると観光名所にもほとんど行って行っていない。その両者を解決するために典型的な観光名所であるゲッレールドの丘に登った(といっても一気に駆け上がり20分ほどで頂上に到着)。なぜか日本語では「シュロの葉を掲げた女性像」と訳される「自由の女神」があって、なかなかの迫力である。ブダペストを解放したソヴィエト赤軍の勝利の記念碑であり、1956年の「ハンガリー動乱」の際、ソ連軍はここからブダペスト市内への攻撃を行った。
写真を撮って、アパートに帰って見てみると、そこに写っているものは、、、UFO(ってことでいいっすか)。

söröző再考(1)

Dsc02427
söröző(ビール屋さん)につまみはない」と断言したところ、いろいろとご意見をいただいた。学生が言うには子どもの好きなピザ屋で大人がビールを飲むのはよくないので理にかなっているという意見。なるほどビザ食べ放題のシェーキーズでビール大人飲みをしないよう今後は気をつけよう。もう一つは「つまみはあるよ」という意見。聞き取り調査によれば、トーストにラードを塗って紫タマネギがたっぷりかかっているものが絶品だという。味は「肉料理の皿に残った油をパンで拭き取って食べたような美味しさ」だという。それはよっぽど美味しいに違いない。もの凄く説得力があり。これを書いている時点でヨダレが出てきた。
確かに、それっぽいものが置いてあるsörözőをキラーイ温泉のならびに見たような気がする。ということで温泉の帰りにフィールドワーク。そばでよく見るとトーストの上に何かが乗っているが、ラードでも紫タマネギでもない。注文して出てきたものが写真。
meleg szendvics(直訳だと「ホットサンド」であるが、ピザパンだな)310ft。ビールも420ftだった。テラスもあるような小洒落たsörözőだから、そのくらいするのか。「肉料理の皿に残った油を、、」ほどではないが、かなりビールにあい、2杯飲んだ。帰りに店の奥を覗いたら、4人がテーブルを囲み、どう聞いても麻雀の音がする。ただ常連さんの聖域の雰囲気が立ちこめていて参与観察は能わなかった。sörözőそのもの、またラードを塗ったトーストとともに、今後の研究の大きな課題となった。

2012年9月24日 (月)

ポテト別皿後日談

Dsc02369既報の通り、ポテト別皿問題が惹起して以来、この注文は避けていたが、過日、U先生より“külön”(「別」の意、külön-különというと「別々に」)という便利な単語あって、“Paprikás csirkét kérek galuskával, és külön tányérba kérek sült krumplit is..”と注文すればいいと教えてもらった。果たせるかな、同じ店で、これを注文して出てきたのが写真の通り。
これが食べたかったんだよね。ただ、注文の際、やはり予想されたようにポテトとガルシュカを両方頼むんだねと、メニューを指さしながら店の人の再確認された。そんなにヘンなのかなぁ、、、マックで「ポテトはいかがですか?」ってハンバーガーとポテトを一緒に食べるじゃん。もう一つ、この店ではガルシュカは無料の付け合わせではなく、有料だった。学生に聞いたら、普通は有料ではないという。しかし量が少ないということもあるが、この店は安いのである。鶏が700ftちょっと、ポテトとガルシュカが300ft未満で、ビールをつけて1500ft台(800円)。肉料理のメインも700ft台なので、いろんなものが注文できる。

メキシカンチリ

Dsc02365_2あまり調理に時間をかけないようにしている。以前、紹介したカレーの兄弟がこれ。ニンニク、タマネギ、挽肉をを炒めるところまでは同じで、その後、鍋とフライパンに具材を二等分し、鍋の方に野菜類を足してカレー、フライパンに豆を足してメキシカンチリの出来上がり。挽肉のミンチの具合が日本と異なるせいなのか、フライパンが小さいせいなのか、挽肉がよくほぐれない。それがカレーやチリにはちょうどいい。
チリにはちょっと思い出もあって、大好きだった「刑事コロンボ」が行きつけのホットドッグ屋で「チリ、あ~、、豆は抜いて」とか「豆入りで」とかと注文する場面がよくでてきた。1970年代前半の日本では、ましてや小学生がメキシコ料理にあずかれる訳もなく、「きっと美味しいんだろうな」と思って見ていた。高校生になってサンシャイン60がオープンして、そこにワールドインポートマートができて、チリの缶詰を見たときは驚喜した。ちゃんと豆入り/豆なしの2種類があった! 同じく「刑事コロンボ」ファンだった両親と1缶を分け合って食べたのを覚えている。

2012年9月23日 (日)

Gozsdo Bazaar

Dsc02363 Dsc02362

Dsc02358_2 Dsc02353

通勤や買い物など、ほぼ毎日通るドブ通りとキラーイ通りの間に日曜日ごとに市が立つ。趣のあるアパート内側なので、何度覗いたが、出品がややオシャレ過ぎてその後は行かなくなった。今日は観光客数十人が2組も来ていて、もう一度立ち寄った。よく見ると、ここもコーシャ(ユダヤ教の規定にのっとった食材)屋さんにシナゴーグアパートなど旧ゲットーに由来するようだ。帰ってネットで調べてみるとゴジェドゥ(Gozsdu)バザーとして有名な市だった。

2012年9月22日 (土)

曲がり道

Dsc02322aアパートら大学まで何通りかの行き方があるが、どういう訳だが、まっすぐの道より、数十メール先が見えない道が多いような気がする。細い道、高い建物、狭い空、、、そして先も見えない道は、何となくワクワクする。写真の看板を見たら偶然にもkosher(ユダヤ教の規定にのっとった食材)屋さん。前も書いたように、ゲットーがあったので、kosherのお店が点在する。

[2012.9.23]その後、この写真に写っている左奥の建物はシナゴーグと判った。驚いたことに、このブログの3つの旧ゲットーに関する写真とおぼ同じ写真が載っている記事「旧ゲットーエリアの3つのシナゴーグ@ブダペスト」が見つかった。同じような視点で街を眺めていた人がいたとは!

2012年9月20日 (木)

ポテトを別に

Dsc02340涼しくなったので、パプリカで煮込んだものが食べたくなる。あまり外食をしないが、パプリカ煮込みを作るのも手間なので、時々、食べに出る。先日“egy paprikás csirkemellt és egy sült burgonyát kérek(鶏のパプリカ煮込みとポテトフライ、ちょうだい)”と頼むと、1枚の皿に鶏、そしてその付け合わせにポテトが添えられてきた。ハンガリーではこうしたビチャビチャした料理には、かなり高い確率で付け合わせがつき、そしてそうちの高頻度でガルシュカという、見た目はポップコーンかカリフラワー、実はパスタが添えられる。僕は、このガルシュカとは別にポテトが食べたいのだ。しかも1枚の皿にまとめられても料金は鶏とポテト分が請求されるのだから、別の皿に盛ってほしい。
しかし何て言うんだろうね、「ポテトは別皿で」って。韓国では「ターロー」といえば、例えばクッパの汁とご飯が別に出てくる。料金は普通のクッパより1割ほど高い。
今晩はS先生にお願いして別皿で頼んでもらった。注文を覚えようと身構えたが、一言では済まなかった。そんなに別皿を注文することが難しいのか? しかも出てきたものは、写真のようにポテトは別皿だが、今度は鶏の付け合わせが省略されている。横でY先生が「時間差で注文、時間差で」と言いつつ、シュニッツェルの付け合わせのポテトを僕の皿によそってくれた(よっぽどポテトが好きなんだと思われたのだろう)。もちろんS先生の頼んだトリッパにも付け合わせはある。S先生は、この僕の「鶏の付け合わせとは別にポテトが欲しい」という要望を前に不思議そうな顔をしていた。ガルシュカとポテトを両方食べるということは、たぶん日本でいうと、「カレーライスにうどん」とか、「鰻重にパン」みたいなことだんだろうね。

大学のwifiにつながった

大学が始まり、懸案事項の一つは大学のアカウントからネットに入れないということだった。2週間近くたち、USBルーターも持っているので、もういいかなという気分になっていた。唯一の気がかりは、忌々しいiPadが、wifiにつながらないので、単なる箱でいること。
昨日、急展開があって、大学の学生サービスセンターのようなところからメールがあり、新しいアカウントが再発行できるとのこと。喜んで取得しに行ったが、大学に戻っても(センターは別のエリアにある)接続できなかった。もう一回センターに行くと、そのアカウントは大学のネットワークに入るものでwifi接続は別の管轄だという。ほら来たね、タライ回し。
とりあえずマジャール語と格闘しながら、ふと文字検索で「wifi」を入れると各種設定画面に入るアカウント設定が。つまり、大学のネットワークに入るアカウント→設定変更のアカウント→wifiアカウントと三つのアカウントを取得して、wifiにつながる仕組みだった。
かくて、はじめてiPadでFBに投稿。これも初の自分撮りもしてみた。少しだけiPadがあって良かったかな(まだ疑問形)と思った瞬間であった。嬉しくて嬉しく祝杯をあげたい気分だったところへ、S先生から「集中講義のY先生と一杯やろう」というお誘い。ビール2杯にワイン4杯を飲む。

2012年9月17日 (月)

フンドシの日

8月中は毎週1~2回は行っていたキラーイ温泉が今月になってから断続的にサウナとスチームバスが使えない。お湯も非常にぬるい。屋外のデッキチェアともの凄い水量の打たせ湯と安さが魅力だったのだが、ぬるいのはかなわない。寒いとデッキチェアどころではない。
で、ルダシュ温泉に浮気。ここは平日の月・(水=未確認)・金は男専用となる。その日はフンドシが配られる。私は「フンドシの日」と命名。ただフンドシといっても40×30cm程度の布に腰ヒモだけのものである。それで前を隠す。当然、浴槽に入ると布が浮き上がって、当初の目的が果たせない。サウナではそれを尻あてにするので、丸見えである。意味ないんじゃないかと思っていたら、つけない御仁もいらっしゃる。フンドシで身体を洗っている人もいる。
5時頃を過ぎると勤め帰りの人たちなのか急に混み合ってくる。特に金曜日は大入りで、大きい浴槽に30~40名、小さい浴槽に10名×4つ、スチームバスは座りきれない人たちが立って総勢10名以上はいる。休憩室や水風呂にいる人も合わせると、80~100名位のフンドシがいるのだ。これは圧巻である。さすがに写真を撮れないのでお見せできないのが残念である。
しかしルダシュもサウナが工事中。キラーイの工事も断続的に続く模様。ルカーチは長期改装中。文献調査で判明したことだがラーツはホテルに買収された。寒くなる前に、何とかルダシュとキラーイのサウナを直してほしいものである。

2012年9月15日 (土)

マグロあぶり焼きと佃煮

20120915さて引き続きマグロの話である。ひっぱりますよ、、、なんせ1キロ8000ftのネタだ。トリミングしたり、サキッチョの方は切り落としたりしたが、もちろん全て捨てずに取っておいた。なんせ1キロ8000ftである。切り落としたものは一部は写真右下のマグロの佃煮ショウガ添えにした。さらに写真左上のあぶり焼き(レア)マヨネーズ醤油を作った。油を引かずにフライパンで周りを焦がしただけのもの。要するにマグロのたたきだ。刺身、佃煮、あぶり焼きで、一番美味しかったのはあぶり焼きであった。ご飯に合うこと、合うこと。

2012年9月14日 (金)

マグロの刺身

Dsc02316さて1キロ8000ft(3200円)という、こっちの食材にしては破格の値段のクロアチア産生マグロであるが、アパートに帰り、オートシャッターで記念撮影(私は何をやっているのだろう、、、)後に、居ても立ってもおられず、まず味見、、、
む、む、む、、、口に入れた瞬間感じたものは「しょっぱい」。味はマグロであるがスモークサーモンに近い。食感はカツオのたたきである。もしかすると何らかの加工がほどこされているのかもしれない。しかしそれはそれで安全ということで、現実を受け入れることにした。さて1キロのマグロをどうするかであるが、やはり念には念を入れて、周りをトリミング。切り落としたものは後日の調理にとっておき、中心部分を刺身にした。大根は市場にあったが、ちょっと日本のものと形状が異なるので、ここは思い切ってパプリカ添えにしてみた。
包丁がかなりイマイチなので、見た目が悪いが、まぁ、こんな出来だ。時々、こっちのスーパーであるSPARで安売りをしていて買いだめしている(何のために?)Hungaria Grande Cuvée Brutも開けることにした(日本なら通販で4000~5000円のものが600円で売っている)。2005年にパリのウィークリーマンションにいて、友人から教えてもらった朝一でマグロ(この時は大トロ)を購入し、朝から飲んだくれたのを思い出した。けっこう禁欲的な生活をしてきたから、今日一日はよしとしよう。で、この後、ルダシュ温泉に。今日は男専用で褌着用の日だ。

マグロ1キロ

20120914aU先生のご教示により中央市場に火曜と金曜にしか来ないというクロアチア産の生マグロであるが、前回は午後に行ったから見つけられなかったと気づく。そこで朝一に出かけて、朝9時過ぎにゲット。1キロ8000ft(3200円)で、こっちの食材としては破格の値段である。アパートに帰り、マグロを押しいただき、その佇まいを静に見つめ、なぜかスーツ姿で遙か彼方の西巣鴨のあんどん、田端の初恋屋、池袋のおまた、巣鴨新田の串駒、大塚の麦酒庵、みや穂、浅草の吾妻屋、庚申塚の御代家に想いを馳せる。

2012年9月12日 (水)

漁師汁

Dsc02294ブダペストに来てフォアグラ、ナマズ煮込みときて、食べていない名物の一つにハラースレーがある。直訳するとhalás(漁師)lé(汁)、淡水魚のスープである。しかし、名物という割には、どこでも置いている訳ではないようだ。そこでhalásを冠する店を探し、グル・ババ霊廟の参拝のお解きにマルギット橋からバスで行ってみた。最近はだいたいバスで行きたいところに行けるようになったし、アナウンスも聞き取れるようになった。
2種類(通常と内臓)×2サイズのハラースレーから頼んだのは内蔵入りスープのレギュラーサイズ。それにポテトとビール。店の人は「それだけか?」という表情である。確かに、ビール2口で来たものを見ると、僕も「これだけか?」という表情になった。イメージしていたものは、白子とか魚卵なんかが入ったものだったが、肝が3片程度である。味は、、、美味しい。僕好みという訳ではなく、日本人だったら、かなりの人がウマイ!と思うんじゃないかという懐かしい味。そう海鮮鍋の残り汁そのものだ。オジヤにしたら、どんなに美味しかろう。色はパプリカで真っ赤だが、全く辛くない。唐辛子はお好みで入れるように別皿になっている。
ただ問題は値段。ハラースレー2300ftにビール500ftとポテト300ftにチップが1割で、合計3300ft(1300円)。ビールもポテトも、だいたいこんな値段である。つまりハラースレーが高すぎるのだ。残り汁に900円出す人がいるか? 韓国なら刺身を注文すれば、無料に近い値段で出てくるサービス品である。場所は観光客がいかない地域の、ちょっとよさげなレストランで、他の料理は、2000ft~3000ftでランチは1000ft台である。要するにハラースレーが日本人の感覚だと「やけに高い」のであるが、この値段が相場なのかどうかは、今後の研究に委ねたい。

グル・ババ霊廟

2012091211日にM先生とハンガリーのニューエイジ談義(やっぱりあったか!と膝を打つ感じ)で盛り上がった際に、イスラム施設はあるのかという話になった。モスクはゲッレールド温泉の裏にひっそりとあるという話だ。16世紀にはオスマン帝国の支配下に入るのだから、もうちょっとあってもいいと思っていたが、こちらの観光地図を見てもイスラム施設は何とラーツとルダシュの二つのトルコ風呂くらいしか見当たらない。そしてもう一つあったのが、マルギット橋そばのグル・ババ霊廟。1541年のブダ陥落の際のオスマン軍の将軍で、勝利式典の最中に死亡したグル・ババ(トルコ語で薔薇の父の意)を祀る。ムスリムの聖地ということだが、参拝者はいなかった。霊廟はかなり急な階段形式の公園を抜けて行き、たぶんグル・ババにちなんだであろう薔薇が、随所に見られた。

2012年9月10日 (月)

教訓

Dsc_0287昨日の日記に「添えたパプリカがまたウマい」と書いたが、その後が大変だった。味自体は全然辛くないが、手についた「辛み成分」が抜けず、それでコンタクトレンズをつけようとして、激痛が走った。結局、コンタクトはどんなに洗浄してもダメで捨てることに、、、2weekタイプだが、1週間分損した。
24時間たった今も、指を粘膜に触れさせると、しびれがくる。辛いモノは韓国と中本で十分に修行したつもりだったが、上には上があるもんだ。パプリカを、二重の意味で「なめて」はいけない。口の中の粘膜とか胃腸は大丈夫なのだろうか。

2012年9月 9日 (日)

シナゴーグ

20120909ポーランド史がご専門の同僚のS先生のワルシャワやミュンヘンでの動向が、SNSを通じて入ってくる。連日、図書館、史跡、クラシックコンサートを回っているらしい。それに比べて、このブログは何だ! 温泉、ビール、カレーで、あろうことか牛モツ(トリッパ)とは!
ということで、少し「名所」に行くかなと、歩いて15分ほどのところにある欧州で最も大規模な(こういう書きっぷりが、もうB級な感じが漂う)シナゴーグに赴く。
、、、、急に閉館、、、大勢の警官も集まっていた(写真右下)。
壁に掲げられた記念碑には「かつてファシズムここに来て、ブダペストのゲットーの一つの門があった。解放。ソヴィエト軍が1945年1月18日にゲットーの壁を打ち砕いた。」と記している(たぶん)。旧ソ連を称える建造物は、かなり撤去さえれていると聞くが(市内はずれで共産趣味記念公園みたいなところで嘲笑の対象になっているらしい)、この記念碑は裏通りの目立たないところに、ひっそりとある。

カレーライス

Dsc_0276近所にインド食材店があって、なかなかの品揃えである。日本、韓国、中国もカバーしている。カレーを作ろうと思いカレー粉を求めたが、種類が多くて迷う。適当に選んだら、これが大当たり。写真は二箱目なのだが、だいたい一箱で10人分くらい作れたであろうか。550ft(200円ちょっと)。今まで日本で購入していたハウスとかSBって何だったんだろう。カレー粉を脂で固めただけか?
カレーの調理はいたってシンプル。肉と野菜を炒め、そこに固形スープとワインとトマトとチョコを入れる(チョコに関して「流星の絆」ファンはピンとくるね)。で、このカレーパウダーを入れるだけ。日本でのニンニクだ、ショウガだ、リンゴだ、チャツネだ、スパイスはどうするみたいなのは何だったんだろう。添えたパプリカがまたウマい。

2012年9月 8日 (土)

söröző

Dsc_0273
アパートの並びには100mほどに4件の飲食店が並んでいる。キラーイ通りから入って、bisztró、söröző、étkezde、italbolt、ビストロ(bisztró)というと日本ではイタ飯屋だが、こっちではカフェとレストランの間だろうか。sörözőというのはビールを飲ませる店。étkezdeとitalboltは直訳すると食べ物屋に飲み屋。このほかkocsma(居酒屋)というカテゴリーもあるが、この形態は多岐に渡り、かつある種のコチマ文化を形成しているので、ここでは軽々しく語るのを酒、じゃないない避け、論考を他日に期したい。
ここではsörözőにつて述べる。アルファベットについた飾りが禍々しいがシュルズーと発音する。直訳するとビール(sör)の場(zó)で、ワインを飲ませるのはborozóという。“ző”と“zó”で違いじゃないかという質問には、マジャール語講座の辛い思い出がこみ上げてくるので無視。
さて、söröző自体、オシャレなカフェ風もあれば、ファミレス風もあれば、立ち飲み風もある。共通していえるのはツマミがない。ポテトチップとか、ピーナッツとかあってもいいじゃないかと思うが、ない(いつもいくキラーイ温泉のそばのsörözőには焼いたトーストに何かをかけて食べている客がいる=今後の調査が期待される)。翻って立ち食いピザ、ケパブ、中華ファストフード店には酒がない。この二種類が合体したら、どんなにいいのかと思うが、きっと何かで規制されているのだろう。ピザにビールって誰もいいと思わないのだろうか?
sörözőだけでなく、ビストロ以外の3店はいつも常連さんがいて、とても入りづらい。しかし、ふとsörözőの黒板を見たら、házisörと書いてある。home made beer(自家製ビール)である。これは素通りは許されないと入ったら、案の定、お馴染みさんらしき方々が一斉に会話を止めて、こっちを凝視。その中でházisörを注文。写真にある“csapolt”は「生」という意味である。230ft(100円弱)。雑味があるものの、苦みとちょっと酸味のある美味しいビールであった。重いのでアサヒスーパードライなんか好きな人には向かない味だ。店内にはエッチな写真が掲げられているミュージックボックス風のマシンがある。どう操作し、どのようなことが起こるのか、これも今後の調査に譲りたい。

2012年9月 5日 (水)

トリッパ

Dsc_0266ハムやサラミは別として、スーパーに売っている肉の80%は鶏じゃないかと思う。あっても豚ロースか挽肉。豚や牛のちゃんとした部位は市場にいかないと難しい。市場に行って気になるのは、意外にハチノスが多いこと。こっちでも食べるのかと思って、何人かの先生に聞いたが、芳しい答えは得られなかった。中には「バスタオル?」みたいなことを言う人もいた(僕の発音の問題ではなく、形状の問題。そもそもマジャール語でハチノスって何て言うんだ?)。では作って進ぜよう。これがハチノスのトマト・ワイン煮込み“トリッパ"だ! イタリアでは賄い食やレストランの裏メニューとして定評がある。この味でレストランのレベルが判るという人もいるくらいだ。イタリア通のチャムさんは食べたかな?

2012年9月 4日 (火)

残念なタルタル

Dsc_0262 Dsc01505

U先生よりクロアチア産のマグロが火・金に中央市場に卸されるという情報をいただき、大学のガイダンスを終えてすぐに市場へ。それらしい店は見つかったが、マグロはなかった。仕方なく肉屋を見ていて、「たぶんタルタルにできるんだろうな」という生肉を発見したが、イマイチ怖くて手がでなかった。
夕涼みに6時頃に近所を歩いていると、8月中は店を閉じていたレストランが開店している。サッとメニューをみるとタルタルの文字が、、、吸い込まれるように入店。でてきたものが写真左。一言で云うと「ミートソース」である。暖めて麺にかけたら、どんなに美味しいことだろうか。
写真右は昨年、パリで研究集会があった時に、その名も「哲学者」という店で食べたタルタル。隣に座ったドイツ人研究者に勧められて注文したのだが、「こいつ生肉に生卵か!」的な視線が一気に集まるのを感じた(中には店の人に、僕のタルタルを尋ねている客もいた)。僕自身、その頃は日本でユッケ問題が起こっていたので、それなりの緊張感をもって食したのを覚えている。
とはいうものの、左のミートソースも、ポテトをつけてビール2杯飲んで2800ft(1100円)である。あるいて数分のリスト広場なら1.5倍、日本なら倍はするだろう。後で調べたら『地球の歩き方』にも優良店として載っているお店である。文句を言っちゃいけない。

いたるところ工事中

Dsc_0257 Dsc_0264

本ブログをご愛顧されているご婦人より、米国の息子さんの撮ったブルームーンと僕がとったそれとの違いを評して「(米国は)建物も、空の怪しさもマダマダだなぁ~」という感想をいただいた。凄い着眼点である。
米国はハワイとロスにしか行ったことがないからよくわからないが、確かにこちらの風景は何気なくシャッターを切るだけで「絵になる」(ご婦人談)。しかし悪く言うと偉丈高で、数百年の歴史を帯びて重厚な建物が、威圧的に街を制圧しているのだ。ブダペストは違うが欧州の小さな街になると、さらに城壁の名残があったりして街自体が要塞然としている。街の「怪しさ」(個人のライフスパンをはるかに超えた手の届かなさ)はその辺に起因しているのだろう(我ながらいいこと言うなぁ)。
ところで、そんな建物を大事に使うため、街のいたるところが工事中である。写真左は近所のリスト音楽院。建物の外観を残し、内をグチャグチャにぶっ壊している。新学期が始まり、音大生はどうしているのだろう。右は住んでいる通りの建物。こういう具合に廃材を入れるコンテナを前に、写真には写っていないが外付けダストシュートで瓦礫をガンガン落としていく。巻き上がる粉塵をモノともせずに人々は働き、平然とその前を通り、カフェでお茶を飲んでいる。日本人だったら、マスクだ、ゴーグルだ、アスベストスだと大変なところだろう。

2012年9月 3日 (月)

お宅紹介(その1)

20120903こっちに来て、初めて本格的な掃除をした。扉に鉄格子があるので、在宅中は窓もドアも開けっ放しだ。さぞ汚れているだろうと思いきや、それほどでもなかった。しかし掃き掃除とモップで水拭き。モップを中庭に面した手すりにかける(写真左)。ドア前のスペースは植木を置いたり、物干しにたり、各家庭が勝手にアレンジしている。僕の部屋の前は階段付近なので勝手は許されない。
驚いたことに、ハンガリーは靴を脱いで家に上がる。「上がる」といっても玄関がないので、写真右下のようにドア付近に靴を置くしかない(普通は下駄箱があるようだ)。8畳もあろうかと思う廊下の途中にキッチン、トイレ、バス・洗面所があり、奥がリビング(写真右上)。応接セットとデスクがある。さらに奥が寝室になっているが、物干しスペースになっているので、紹介は玄関脇の客間と合わせてまた後日。

西駅は西にはない

Dsc_0246朝からトラムとバスを乗り継いで移民局で滞在許可証を貰いに。『地球の歩き方』に載っていない地域なので、僕にとっては「地の果て」だ。その後、アパート管理会社に家賃を持って行くついでに、過日届いたビックリする高額請求書と契約前の電気料金の支払書について相談した。結局、管理会社が対応してくれることで事なきを得た。すでにPDFを送って指示を仰いでいたので大丈夫と思いつつも喉に刺さっていたトゲがとれた気分だ。
普通なここで祝杯と称して一杯やるところだが、今日の業務を引き続き遂行。
Rákóczi terに中華食材専門店があるというので雲南茶を購入。西駅のモールでメモリースティックを購入しようとしたら4GBで7000ft(2800円)。amazonで買えば1080円の商品だ。sonyショップだともっと高い。馬鹿らしいのやめた。
せっかく西駅に来たので、タッキーのように鉄っちゃんではなが、西駅を見学。米国で鉄道に乗ったことはないが、欧州の駅はいつも居ていて楽しい。時刻通り電車が来ているか、そしてちゃんと乗れるかという緊張感。改札がないから広々と全体が見渡せるし、日本では駅構内は公的な場だが、こっちではトンでもない両替屋が堂々と店を構えていたり、白タクの運ちゃんが幅をきかせていたり、怪しいたばこ売りいたりと楽しい、、、って思ったら西駅にはいずれもいなかった。面白いのは西のエリアではないが西駅ということ。まぁ、池袋西武が池袋東口にあるのと同じかな。帰宅後は2時間かけて掃き掃除とモップで水拭き!

2012年9月 2日 (日)

結局、ルダシュ温泉

Dsc_0241 Dsc_0243
国際交流基金ブダペスト日本文化センター主催の日本語教育シンポジウムに出席。この企画自体、大変興味深いものだったので別に報告したいと思うが、懇親会席上で隣に座られたブダペスト商科大学のヒダシ博士から温泉についてご教示を賜り、またその後の文献調査により、次の2点が判明した。
(1)私のお気に入りのキラーイ温泉は自家源泉ではなく、数百メートル離れたルカーチ温泉から湯を引いてきていること。
(2)ここ数年改装中のラーツ温泉が素晴らしいとのこと。
そこで本日、ルカーチ温泉に行くも、工事中だった。しかし入り口で飲用温泉を販売していたのでカメラに収める(写真左)。手前は処方箋を持った人々が並ぶ薬局であった。そのまま歩いて数分のキラーイ温泉に行ってもよかったが、バスでラーツ温泉に。バス停はルダシュ温泉である。残念ながら、ここで腹痛をおこし、ラーツ温泉にたどり着く前にルダシュ温泉に駆け込むこととなった。
ルダシュはキラーイと同様のキューポラを擁するトルコ風呂。キラーイより一回り大きく、メインの湯船を囲む形で4つの温度の違う湯船がある。スチームバスは熱くて誰も入らない。僕も5分ほどで火傷をするかと思う熱さに飛び出した(実際、太股の内側が内出血のような赤みを帯びていた)。前回同様、若者が集団で入っているので、とてもうるさい(写真右)。とにかく熱いの冷たいのと大騒ぎである。入り口に英語の説明員がいるところから、多分、欧米のガイドブックに必ず載っているんだろう。日曜日は3200ft(1300円)。いつでも2300ftのキラーイに軍配は上がる。

2012年9月 1日 (土)

日本語教育シンポジウム

国際交流基金ブダペスト日本文化センター主催の日本語教育シンポジウムに出席した。会場の基金事務所はオクトゴンなので歩いて10分程度。8月末締切で3本ほど仕事を抱えていて、それが終わらず精神的余裕がなかったが、シンポまでにどうにかこうにか目処が見えたので遅れて出席。講演の質疑応答と3つのパネルディスカッション(教師の給与援助、教師研修、教材研究)とシンポジウムを拝聴。懇親会では日本へ派遣されたハンガリー人教師の報告と教材が出版賞を取った副賞授与式が行われた。
(1)まずハンガリー人にしろ、日本人にしろ、日本を遠く離れたこの国で、日本語教育に尽力されている方々がいらっしゃることに敬意を表したい。日本語教師になる個々のご事情など知りたいという厚かましい研究者根性が鎌首をもたげるほど、興味深かった。
(2)教材の一部分を拝見して、また説明を聞いて、語学を多文化教育に位置づけていると理解したが、これは記念講演をつとめられた脇田先生の「EUにおける語学教育が多文化・市民性教育として行われるのと、日本語を学ぶというのは別の次元かもしれない」というコメントに賛同。参照された教材は「照れ」「謙遜」「遠慮」のような機微に関わる題材をシチュエーションごとに説明するという課題だが、日本人が日本語で説明するのも難しく、かなり高度だと思った。もっとも教材全体を見ていないので、あくまでも感想の域を出ていないので失礼の段はお許し願いたい。
翻って私も関わる宗教文化教育でも多文化教育の一環として自らを位置づけているのだが、極東の島国にあって多文化性や市民性を育むとはどういうことなのか、その教材や資格認定に改めて思いを巡らすチャンスとなった。
(3)日本に派遣されたハンガリー人教師の報告は、留学生を受け入れる側として興味深かった。「外国人は日本に来て、こういう体験を面白いと思うのだ」と参考になった。また彼/彼女らは日本語教育の教材収集として、スーパーのちらし、電車路線図、100円ショップ商品などを収集してきたという報告には、観察される側にいる立場(要するにフォークロアの対象)として、思わず一言一言書をき留める面白さだった。

Kék Hold

Dsc_0226市街戦の銃創の残る建物と、珍しく空を覆った漆黒の曇の切れ間から、たまたま見えたブルームーン(Kék Hold)。こっちにきてちょうど一ヶ月。語学研修のおかげで、寂しいとか、つまらないとか、日本に帰りたいとか、そういうのとは無縁の生活が送れた。毎日が忙しいのは大学1年の秋頃からズーッとだから、たぶん一生そうなんだろう。
9月を迎えても、、、72時間以内にやらなければならないことは終日シンポに出席、家賃を払いにアパート管理会社に行く(いくつか問い合わせ事項あり)、電気料金を払う、移民局に行く、学科会議で求められたらスラスラと喋れる気の利いた短い挨拶を考える、でできれば部屋の水拭きをする(85平米と広いので大変)、、こんな具合だ。

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »