« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月29日 (木)

JAPAN SURPRISE ME !

20121129 “JAPAN SURPRISE ME !”というドキュメンタリー作品の連続上映会があるので行ってきた。作品のラインナップは民俗、カミカゼ、フクシマなどだが、今日は“Walking Pilgrims”、四国の歩き遍路である。開演に先立って、何と大学院ゼミの受講者R嬢が神道、仏教、弘法大師についてプレゼン。作品は歩き遍路を行った20歳代の男性に焦点を当てたもの。私は実は本籍が愛媛県で、2泊3日だが3回プチ遍路をしているので、知っている研究者、知っている場所が多数出てきた。
さて映画が終わるとディスカッションだという。受付時に感じた「ある気配」が、この辺りから現実化しつつあった。つまり“JAPAN SURPRISE ME !”の企画に日本人は私一人なのである。当然、、、そうなるわなぁ。
「用事が、、、」と帰る用事もなくドア付近に座り直す。ディスカッサントは先のR嬢と主催者と高校生の時に日本に行ったことのある女性の3名。「なーんだ、ハンガリー語なんですか、じゃっ!」と帰ろう思った矢先に、始まって10分も立たないのに主催者の一言で会場の全員が振り向いて私を見る。たぶん「今日は何と日本から参加された方もいるんですね」という牽制があったんだろうか。帰る機会を逸したので開き直っていることに。幸いにもR嬢ともう一人が通訳をしてくれたが、「あなたはハンガリーでも神道あるいは仏教を営んでいますか」から始まり「白装束の意味は」「ペットボトルで風車を作るのは」など、質問が相次いだ。「懐かしいですか」とも。
会場を出た後も、「日本の巡礼地はどこにあるのか」「歩き遍路は特殊なのか」など専門的な質問(これは英語だった)が相次ぎ、かつて国際学会で司会者から「スピリチュアリティはアジア、特に日本では早くから注目されていると聞いているが、おお諸君、幸いにも会場にちょうど日本人がいるではないか」とふられた時を思い出した。来週のテーマは「カミカゼ」だという。

2012年11月28日 (水)

ハンガリーのソウルフード

20121129 院生が日本の自然観を説明するのに持ってきた写真集をめくっていたら、いきなり刺し盛りが目に飛び込んできた。その日は朝から果物しか食べていなかったので、とたんに腹が減った。面白いのは留学経験のある院生が「私たちも同じ気持ちです。刺身食べたい。おにぎりって聞いただけでクラクラする」と言っていたことである。
「君らが海外に行って食べたくなるハンガリー料理って何?」と聞いたら、一人は「日本でもハンガリー料理は作れる」、もう一人は「スープ」(数名から「オー」の声)、さらに一人が「サワークリーム」(激しく同意の声)となった。「サワークリームはソウルフード? 日本にもあるし」と言うと、「日本のとは違うんです」らしい。「そんじゃ飲み行こーか」となるのだが、ここは個人主義の国。みんなバラバラに帰って行く。
一人で帰っても寂しいので、なかなか言葉が通じなくても拳で、じゃなかった酒でわかり合える「ジョルジとウォッカ飲むかな」(実は一昨日も路上で会ったのだ)とキラーイ通りを歩いていたら、「TRIPPA」の文字が。そう内臓(胃)である。店は、これもお馴染みにのPapa kifőzdéje。躊躇うことなく入店。やはりあったかモツ煮込み。日本では定番のソウルフードがハンガリーではこうなった(写真右)。Szalontüdő(Szalonがよく判らないがtüdő=肺)Zsemlegombóccal(つみれ添え)である。SzalontüdőとZsemlegombócが別々に「今日の料理」に掲げられているので、注文するのに手こずったが、満足の一品である(約1000ft=360円くらい)。ただ肺ではなく胃(センマイ)ではないかと思う。
翌日、例の階下の食堂でブランチ。あるではないか。学生が言っていたサワークリームがおびただしくかかったソウルフードが(写真左)。これは一度、G先生宅でご馳走になったことのあるKáposzta(ロールキャベツ)である。肉の旨味とザワークラウトの酸味とサワークリームの爽やかさがミックスされて美味しい(ザワーかサワーに統一しろよ)。大2個を注文したが正解だった(スープをつけて1190ft=約440円)。

2012年11月26日 (月)

授業参観

20121126
SNSに授業参観のことを書いたら、すぐに韓国と日本で日本語教師をしているN君、Mさんから詳細・追加情報の希望があった。行ったのはブダ地区(ブダペストの山の手)の公立小学校(隣に日本語学校を併設)。拝見したのは4年生と6年生(3年生と5年生だったかも)。
この学校では第二外国語として、英・独・日が選択でき、4年生は9人(写真左上)、6年生は20人(写真右下)が学んでいた。この日の4年生の授業内容は小テスト→挨拶(こんにちは/私は○○です/さようなら)→平仮名ゲーム、6年生は時刻の読み方・発音(○時○分とか○時半とか)だった。一緒に行った大学の日本学科の同僚(彼女の参観記)は進度は速くないと言っていた。また担当の担当の教員も「夏休みが終わると全部忘れちゃう」とのことだが、単位時間あたりの吸収力は目を見張るものがある。例えば挨拶はだいたいスラスラ言えて、「○分」を「ぷん」「ふん」と異なる発音をすることをすんなりと理解していたようだ。自分がマジャール語研修を受けた時のことを思い出すと、紅顔の美少、、じゃない汗顔の至りだ。
日本語を担当する先生はニキさんといって、僕の大学院ゼミの受講生。この日は朝の7時から5コマ連続で授業(1コマ45分)。生徒は、、、決しておとなしくない。日本の学校から考えると「もの凄く騒がしい」くらいだ。ただその「騒がしさ」は授業を盛り上げようとする「騒がしさ」であって、日本の、授業を破壊する「騒がしさ」(学級崩壊)ではないのが、大きな違いである(それを先導・扇動していた僕が言うのもなんだが)。これはニキさんの力量にもよるところが大きい。彼女は肚から声を出せる人で、終始、クラスをコントロールできていた。かつて娘の学校の授業参観に行っていて気になったのは教師の声が小さい、あるいは口先で怒鳴っているため生徒の「騒がしさ」に飲み込まれているということだった。人を動かす「言葉の力」がないのだ。
いずれにせよ、ハンガリー人教師によってハンガリーの子どもたちが、かくも楽しく伸び伸びと日本語を学んでいることに感動すら覚えた一時だった。

2012年11月25日 (日)

ホロコーストメモリアルセンター

2012112580万犠牲者」のプラカードが何を意味するのかを調べるにあたって、ハンガリーで50万人のユダヤ人が殺害されたことを知ることになった。コルビン駅(Corvin-negyed)のそばにホロコーストメモリアルセンター(Holokauszt Emlékközpont)があると聞いていたので、さらに勉強するために行ってみることにした。世界でも珍しい国立のホロコースト関連施設だという。
センターは展示資料館とシナゴーグと犠牲者を悼む壁からなっている。ドハーニ通りのシナゴーグと違って訪れる人はまばらで、入り口(写真左上)には「観光客」の姿はない。展示資料館はユダヤ人が財産、尊厳、そして生命が奪われていく過程を映像中心に示していく。やがて展示の道筋はシナゴーグ(写真右上)に向かう。シナゴーグを出ると50万人分の犠牲者氏名が刻める壁となる(写真下)。
施設内は静でモダンで大変美しい。「壁」にはシナゴーグが見事に映しだされている(写真右下)。それは展示の凄惨さと悲しみを一層際立たせている。そして私は、そこにしばしたたずみ、この国の近現代史を何も知らないことを強く反省する時間を持った。

2012年11月24日 (土)

6000万人と80万人

Dsc_0129 前の記事のように7区を市民公園の方に向かってほっつき歩いていると集会後のパレードに遭遇した。プラカードには、いろいろと数字が書かれている。一番前のプラカードには「6000万人と80万人」と書かれている。家に帰って調べたら、予想通り第二次世界大戦の全世界の犠牲者とハンガリー国内の犠牲者の数である(もちろん諸説はある)。恥ずかしながら調べるまで知らなかった。途中で通った恐怖の館(これ直訳なんだが、本当によくない訳語だと思う。原語を無視するなら「全体主義犠牲者資料館」だろう)の建物の周囲を取り巻くレリーフにもロウソクの灯りがともされていたから、何かの記念日だと思うが、調べても判らなかった。

中間総括(日常生活篇)

20121124_2 さて本ブログのテイストで中間総括を。短いようで、この4ヶ月弱でけっこう生活に変化があったので、その辺を中心に。
(1)食
10月頃まで時々のファストフード以外はほどんど自炊だった。最初こそバスに乗って食べに出たこともあったが、一人で外食というのが何とももの悲しく、ならばアパートで食べた方がいいやという感じだった。S教授が来るのがきっかけに、少し予習も兼ねてアパート近辺を食べに出たらプロレタリア的大衆食堂なら朝は500ftくらい(150~200円)で、昼は1000ft程度(300~400円)で済むことがわかった。自炊(1食50~100円くらいか)をする意欲が一気に減退したのは事実。しかも大衆食堂は美味しい。たぶん日本で「本格ハンガリー料理」と称して出店したら客がドッとくると思う(写真は昼食)。今は1日1食は外食。
(2)湯
一時期は週に1~2回は行っていた温泉も、S教授をお連れしたのが入湯1ヶ月ぶりだと判り自分でも驚く。夏頃から続いていたルダシュ温泉のリニューアルが済んでいて時の流れを感じた。1回行くと3時間くらい入っているので、時間がないというのが変化のきっかけだろうか。寒くなった、経済感覚が変わり高く感じられるようになったというのもある。
(3)酒
つまみを食べない飲み会にも慣れた。ブログにしたためているように行きつけの安酒場もできた。ビールとパーリンカばかりで美味しいワインを飲んでいないが、貴腐ワインの産地トカイの知り合いとのやりとりもできたので、今後の課題である。「酒浸りだろう」「ワイン三昧」との、おおかたの予想を裏切って、日本にいた時のように、○○を疑われるほどには飲んでいない。
(4)街
Googleマップが小さなバス停まで網羅し、しかも路線とリンク付けしているので、地図をメモするか、jpgにしてiPadに入れておけば、たいていどこへ行くにも迷うことがない。下記にも述べるが運動不足を解消するために、かといって走るのが難ありなので、アパートから国会議事堂付近まで出て踵を返し西駅に戻り7区をほっつき歩き、見つけたトロリーバスでアパート付近まで戻るというのがお散歩ルート。
(5)躰
バス、メトロ、トロリーバス乗り放題のパスを持っているので運動不足は否めない。ジョギングをしようと靴を買って1度走ったが、けっこう皆さんオシャレにして走っているのと、石畳が膝に悪かろうと判断し、やめた。日本では1週間に講義が10コマあって、ほぼ全て立ちっぱなしだから、それがなくなっただけでも、かなりの運動量減である。しかし暴飲暴食がなくなったので、たぶん体重・体型は変わっていないと思う。部屋で筋トレはしている。
(6)衣
出国が早朝で家を5時前に出た。荷造りを始めたのは3時頃で、とにかく洋服は夏用2泊分とスーツをいれただけ。こちらでジーパンとTシャツ2枚とパーカーとハーフコートを購入。これで冬を越せるんだろうか。現在、気温は8度。木枯らし吹く東京の初冬に比べると、それほど寒いと思わない(近所ならTシャツとパーカーの2枚である)。きっと持ちこたえられるだろう。
いずれにせよ海外生活にありがちな体調の変化や精神的不安定と無縁であることに感謝したい。風邪などひく気配もないほど、気力がみなぎっているというとオーバーだが、健康そのものである。ありがたいことである。

2012年11月23日 (金)

中間総括

ブダペスト滞在期間が7ヶ月半だから3ヶ月と22、23日で半分、つまり今日あたりが滞在の折り返し地点にあたる。あっという間という気もするが、8月の猛暑続きのマジャール語研修は、ズーッと前のような感じもする。たぶん残り半分はすぐに過ぎ去っていくのだろう。いくつか中間総括。
(1)御礼
まず、かなり無理を言ってサバティカルをとらせていただき、「コンチクショー」と思いつつも「ショウガナイ」と快く送り出していただき、今も小生不在の穴埋めをしていただいている同僚・家族・研究仲間・学生院生にお礼申しあげたい。適度(時に過度)に送られてくる課題やインターネットの発達でホームシックにもならず、後顧の憂いもなく、毎日を楽しく過ごすことができている。
(2)謝罪
こちらに来ている間に日本で起きるであろうことは、かなりシミュレーションしたつもりだったが、唯一予期せぬことは、小生が常駐していたコミュニティスペースの突然の閉鎖であった。飛んで帰りたい、または飛んで帰って来いという要請もいただいたが、何もできぬまま今日に至ったことを、衷心よりお詫びしたい。数年前から小生の名刺は、大学のそれではなく、このコミュニティスペースが表書きであった。それほど帰属意識があった。帰国するとそれはないということが今もピンとこない。帰る場所を失った気持ちである。
(3)感謝
日本から訪問されたS教授が「ホントいい人達に囲まれているね」と言って帰国された。心底そう思う。こちらに来て親切にしていただいてばかりである。よく洋行帰りの学者が当地の悪態をつく場面に遭遇することがあるが、同僚も受講者も友人もいい人ばかりである。得難い環境をいただいている。正面切って言うと恥ずかしいので、この場を借りて心からお礼申しあげたい。
(4)課題
最初のマジャール語講座にはじまり、今も言葉の壁は厚い。もうちょっと何とかなるかなと思ったが、まぁ仕方ない。研究の方も捗っているかというとそうでもないが、これは第一期は現地に慣れて、第二期は人間関係を構築し、第三期に調査をと考えていたので、それほど焦る必要はないのかもしれない。先のS教授はタイに10ヶ月いて、成果が出たのは5年後だったが、その10ヶ月がなかったら絶対に成果は出なかったと言っていた。何だかホッとした一言だった(都合のいいことばかりを覚えていて、いくつか苦言も頂戴している)。
寂しいとか、体調が悪いとか、何か不都合があるかとか、一切の心配なく毎日を過ごしている。人生の後半に来て、こういう望外の喜びに浴することができ、とてもありがたいことである。関係各位には改めて感謝するとともに、その分の負担や混乱をもたらしてしまったならばそのことをお詫びし、同時に安寧をお祈りしつつ折り返し地点の挨拶としたい。ありがとうございます。

2012年11月22日 (木)

Otello

20121122 先週に続きオペラ座。今回は「オセロ」。冒頭のキプロス民衆のシーンが圧倒的な迫力。イタリア語でマジャール語字幕なんだね。「レベッカ」(ドイツ語が原語)はマジャール語吹き替え、英語字幕だった。オセロやデズデーモナの心情吐露が、、、ちょっと、、、ということで純粋に舞台を楽しむため、幕間に、ちょっとスパークリングをいただく。オペラ座は外見に比して、内部はため息がもれるほど美しい(凡庸な表現ご容赦)。今回の写真は小物・脇役にフォーカス。映画「オペラ座の怪人」で、こういう小物が燃え上がるシーンがあったね。

2012年11月18日 (日)

一線を越えた晩

20121119_2 校正と書評が終わり、近所のシュニッツェルの店の工事が済んで新装開店したんで一人で祝杯をあげる。ビール2杯で、もうちょっと飲みたいなと、いつものborozó(あっ、sörözőと思っていたら看板はこっちだった、、、違いはないみたいだけど)に行く。
おっちゃんがジュークボックスでサンタナを聴いていて「知っているか」と言うので、「70年代のアメリカのバンドだろう」と答えたら喜んでくれた。その後「タバコを吸えや」と1本もらう。ママさんが「強いからやめた方がいい」みたいなやりとりがあって「昔のタバコはこんなもんじゃなかった」と懐古調に(たぶん)。そこにいつもの白髭のおっちゃんが口笛でなんと!「インタナショナル」を吹き始めた。調子に乗って日本語で唱和したら、大受けで突如として共産主義礼賛がわき起こる。そうだろう、そうだろう。
おっちゃんの名はジョルジというのだが、ジョルジが店の客全員に「今飲んでいるのを、もう一杯おごる」となり、僕はパーリンカを飲む。おっちゃんは「ウォッカ飲め」とさらにウォッカを追加注文。もちろんイッキのみ以外の選択肢はない。「タバコも吸え」とタバコも吸う。そのうち「ワルシャワ労働歌」をマジャール語と日本語で大合唱。屋外でも放歌高吟。ジョルジが外套につけていたバッチを僕につけようとするが、彼も僕も酔っていてピンが指に刺さるものの服につけられず。ママさんに介助しいてもらう。ママさんが英語で通訳してくれてジョルジと住所交換。やがてママさんも「私はエルジェーベトと言うの。覚えた?」みたいに盛り上がってきて、いつもは売りもしないチョコを客全員に大盤振る舞い。ウォッカがきついので途中からビールに変えたが(これもジョルジのおごり)、一線を越えてしまった感じがする。
(2012/11/20)後日談。こういうことがあると、なかなか次に店に行くのが気恥ずかしく、borozóを避けて裏道を通って帰ったら、そこでばったりジョルジと再会。石畳のくぼみにタイヤがはまっていた車を引き上げる仕事をしていた。仕事中なので飲みには誘われず、ホッとした反面、ちょっと残念でもあった。もちろんジョルジからもらったバッチはしっかり胸についていた。

2012年11月17日 (土)

はじめてのお使い(肩すかし篇)

20121117 海外の知らないところで、はじめての所定のミッションをこなすのは難しい。犬や子どもなら「はじめての~」は絵になるが、おっさんはそうもいかないので慎重になる。
はじめて貰った郵便不在通知(と判るまでに時間がかかったが/写真左上)。宛先は確かに私のアパートだが、名前がヨハンネだから違うので無視しておいた。でも少し気になって「配達人が書く場所を間違えて、これはヨハンネさんから私へのプレゼントかもしれない」とか、よくヤバい通販にある「お届けは家族に判らないように配達されます」の類なのかなと思ったりもして、取りあえず取りいくことに。場所はガイドブック等で喧伝される、行ってはいけないことで有名な(笑)東駅そばの72番郵便局(写真右上)だ。
郵便局の窓口で不在通知と滞在許可書を渡すと、「あなたはヨハンネですか」と質問され、「私はヨハンネではありません」となり、その後やや厄介な展開となったが、「この可哀想なアジア人に特別に」という(たぶん)配慮で、わざわざ別の保管場所にあった郵便物自体を見せてくれて、自分宛のものかどうか確認しろという。
どう見てもヨハンネさんから私へのプレゼントではないし(実際、そいう知り合いはいない)、また「お届けは家族に判らないように配達されます」の類のものでもない、つまらなそうな封書だったので、無知と非礼を詫びて、不在通知と滞在許可書を放り投げるように返却してくれちゃいました郵便局をあとにした。
この程度のミッションとその肩すかしは朝飯前なので、朝飯を食べる。東駅そばのツーリストをぼったくらなそうな、かつ、いかがわしい店の横でも健全性を保っている大衆食堂を発見。グヤーシュという名の野菜スープとパイのようなものとライスと、飲まずにいられないのでビールを頼む(写真左下)。1900ft(700円弱)で、やはりツーリスト価格だったが、パイは鶏肉、砕いたブロッコリー、チーズを包んだもの(写真右下)で、たいへん、というかビックリするほど美味しかった。これを食べにだけ東駅にトロリーバスで行ってもいいと思った。

2012年11月15日 (木)

Onegin

20121116
わかゑさんから最近の写真が、揚げ物・肉食系で茶色いという指摘があったので、うって変わって金ピカ続きで、懐の深さを見せつけます。
さて、オペラ座にハンガリー国立バレエ団の「Onegin」(ハンガリー語表記ではAnyegin)を観に行く。バレエというと敷居が高く、食わず嫌いでもあったが、過日、バレエ団唯一の日本人バレリーナの講演に遅れて行き、お詫びをした際に「オペラ座に来てください」というのを律儀に守る。これがきっかけだったが、行ってみて大変良かった。欧州に滞在するとオペラにはまると聞いたことがあるが、バレエもそうなんだろう。要は身体と音楽のみでどこまで表現できるのかということに尽きる気がする。
ただバレエ鑑賞素人なんで、事前に予習していった「内容」(つまりストーリー)に引きずられてしまい、身体表現に関するコメントができないのはしょうがない。物語の感想を恥ずかしながら述べる(ならプーシキンの読書感想文でいいんだよね)と、オネーギンは金持ちのくせに社交界が退屈なという鼻持ちならないヤツなんだが、最後のオネーギンの回想からラストのタチアナの苦悩までは、「手紙」のやりとりをした人なら誰でもグッとくるところだろう。第一幕のタチアナの鏡のシーンは、途中で「あること」に気づき、ハッとして鏡を凝視した(予習にはなかったことなので、言わない方がいいのだろう)。
あっ、オペラ座の内部はやはり凄かった、、、幕間のラウンジのワインはオペレッタ劇場より値段も(たぶん)質も上だった。正装率も高かった。

ツアーコンダクターになれるか?

20121115_2
3泊4日でH大学S教授をブダペスト案内。自分自身も今回の滞在で観光地はほとんど行っていないので、事前に予習。まわったところの一覧は下に。一つを取り上げろと言われると厳しいが、国会議事堂は、チケットを買うのに20~30分ほど並び、しかも希望の時間帯が取れずに予定を変更せざるをえなかったが、内部(写真右下)は素晴らしかった。(私)「こういうところで審議すると党利党略から離れた建設的な意見がでるですかね」、(S教授)「ズーッとここにいたいと思うんじゃない」、(私)「私利私欲ですか、、、」。
この他、大衆食堂でプロレタリア的朝食(写真左下)、学食体験、銘柄不問・赤白・甘辛の4種類しかないワインテイスティングなどB級グルメも満載。ツアコンで食べていけるかなぁ、、、という前に英雄広場の英雄たちの略歴くらい覚えないとね。学生に聞いたら皆、誰が誰だか知っているという。
【月】ブダペスト空港お出迎え→聖イシュトバーン大聖堂(Szent Istvan-bazilika)→英雄広場(Hosok tere)→場末居酒屋体験(Borozó)
【火】シナゴーグ(Dohany utcai Zsinagoga、写真左上)→エトヴェシュ・ロラーンド大学→パーリンカ(Pálinka)体験
【水】グルババ霊廟(Gul Baba=トルコの将軍)→マーチャーシュ教会(Mátyás templom、写真右上)→漁夫の砦(Halászbástya)→王宮(Budavári Palota)→国会周辺(Kossuth Lajos tér)追悼ポイントと議事堂(Parliament)内部→ルダシュ温泉(Rudas fürdö)→廃墟バー(Rom Kocsma)体験
【木】恐怖の館(Terror Haz、ナチスと共産主義)→南駅お見送り

2012年11月10日 (土)

Bécsi Szelet

Dsc_0044 完全にブダペストB級グルメ日記に堕しつつある本ブログであるが、いや、人間にとって「食べる」という行為の記述ほど、深い人間洞察はない、、、はどうでもよくていきます。

何だかボケボケの一日であった。朝こそ快調に仕事が始まったのだが、やや面倒な案件が複数持ち上がって、その対処に数時間を費やしてしまった。気分転換に月曜日から知人が日本から来るので客間を掃除。しかし部屋の隅のホコリをはらおうとドアに手をかけた刹那、ドアが開いて転倒。キートンばりの一人喜劇を演じてしまった。その他、知り合いのメールに参照された写真を間違えてトンチンカンな返事を出してしまったりといいとこなしである。
掃除で身体がホコリっぽくなったので、本当に久しぶりにキラーイ温泉に。こんな日はどこまでも間抜けが続き、トラムのマルギット橋駅を降りた時点で手ぶらに気づく。タオルも水着も忘れていたのだ(ルダシュ温泉のフンドシの日なら、それでいいのだが)。しかたなく遅いお昼を。いつもなら大盛り中華なのだが、そういえば一昨日、階下の食堂でウインナーシュニツェル(Bécsi Szelet)を叩く音がしたのと、本ブログにウィーン大学ご遊学経験のある千坂上人から書き込みがあったのが結びつき、この辺に専門店があったなと思い出し入店。店名も「Bécsi Szelet」である。
そういえばマジャール語研修で、国名や都市名を習う回で「Bécs」がウィーンであるということにクラスのほとんどが気づかず、それを知った時に「マジャール語恐るべし。一筋縄じゃいかんな」と思った。ちなみにロシアが「Orosz」(これは連想しやすい)でイタリアが「Olasz」だと知った時もクラスから感嘆が漏れた。
まぁ、それはいいとして、写真のシュニツェルは25cmはあるのだが、「小」扱い。「大」は二倍近い大きさ。ポテトも頼む。ビールも飲む。非常に美味しくてビールおかわり。これで2840ft(1000円ちょい)である。かなり満足した。もちろんこれはウィーン名物あるが、ブダペストのちょっとした日常品を扱うお店に行くとこのシュニツェルを叩くトンカチが売られている。こっちでも、よく食されるのであろう。
しかし、だ。考えてみたら朝飯は階下の食堂でカツサンドだったんだ、、、どこまでもボケボケの一日である。

2012年11月 8日 (木)

続・階下の食堂

Dsc_0036 昨日の記事に「他の食堂よりおいしそうですよ。少なくともELTEの学食より肉が多そうです」というコメントをいただいたので、調子に乗って今日も階下の食堂で食べてみた。いかん! 何だかB級グルメ日記になりつつある。それとこのテイストじゃ、匿名にしても意味ないじゃんというメールも複数いただいている。お里が知れるというヤツだな。

さて、そんなことには頓着せず、今日行ってみて判ったことは、この食堂毎日出し物が変わる。今日は昨日のミートパイや魚のフライがなく、カツレツ2種類とソーセージが揚げ物コーナーに、スープはグヤーシュだった。煮込みみたいなものがあったので「Marha(牛肉)か」と聞いたら、「Tonhal(マグロ)だ」という言う。なら、それとグヤーシュ、これで870ft(310円くらい)。
昨日より塩分は少なかったが、グヤーシュは、、、グヤーシュと思わず食べれば、まあいいか。マグロは、動物性タンパク質であるということは理解できた。店内がすいてきたので少し観察を進めると、いくつかよく判らないことが浮上した。今後の研究のために書きとどめておく。あっ、バックヤードでもの凄いトンカチの音がする。カツレツはBécsiszelet(ウィンナーシュニッツェル)だったのか。
(1)テーブルの上にペットボトルが置いてある。自由に飲んでいいのかと思ってコップを探したが、ない。黒板を見ると「オレンジジュースがどうした」とマジャール語で書かれていて値段がついているので、もしかすると売り物なのかもしれない。
(2)テイクアウトでご飯のみを買っていく人がいる。その際、店のおっちゃんがご飯にバックヤードにチラ見できる鍋から何か液体をかけて、蓋をしている。位置的に不合理なのだが、鍋の中を見ることができない。あの液体が何であるかはテイクアウトするしかないのであろうか。
(3)同じくフライものをテイクアウトしている人もいるが、個数ではなく量り売りである。どのフライもどう見ても均一な大きさだが、量り売りにする意味はなんなんだろう。
(4)テイクアウトの仕組みがどうも判らない。自分でタッパを持って来ているケース、店が出した料理を客が店のアルミホイルで包んでいるケース、店の人がテイクアウト用に包んでくれているケース、、、どれが正しいテイクアウトなのだろうか。

2012年11月 7日 (水)

Currywurst

Dsc_0032 ドイツのB級グルメで落とすことができないのが、このカレーヴルスト。キラーイ通り(Kiraly utca)を歩いていて、これを店名に掲げる店がある。時々、気にはなっていたが、ハンガリーに来て、ドイツB級グルメもないだろうと思って避けていた。

講義で戦前のスピリチュアルブームともいうべき千里眼と念写のことを伝えるのに映画「リング」を扱ったら、受講していたハンガリー人、米国人、トルコ人のほとんどが「貞子」を知っていて驚いた。おかげで話がスムーズに進んだ。この夜、ふと気になって見ていない「リング」のバージョンを確認していたら、何だか「気配」を感じて怖くなって表に出る。こういう時は肉と酒で、心身を鈍感にするといいというのは、霊感の強い友人の説。ならばと24時間営業のCurrywurstへ。Currywurstセットを注文すると110ft増しでコーラがビールにできるというので、躊躇うことなくGreherの500mlをつける。これで1280ft(460円ほど)。ちょっと高い気がするし、ソーセージはバサバサだった。

階下の食堂

Dsc_0030 住んでいるアパートの1階に食堂(étkezde)があって、窓を開けている時期は朝7時頃から揚げ物の香りが立ちこめてくる。何度かのぞいたが、昼時は労務者風(お揃いのつなぎを来ている大男)の人たちが多く、席も限られているので、結局、食べず仕舞いであった。今日、たまたま席が多数空いているので、大男の後にならんでみた。やはり揚げ物中心で、非常勤で行っていたマッチョ系大学の学食を思い出したが、チリやチキンの煮込み料理やサラダもある。

頼んだのはこれ。何という料理かは判らないが、3ヶ月間で2個目の卵である。プラスティックのナイフがなかなか通らなかったが、ミートパイであった。スープをつけて900ftちょっと(330円くらい)。かなりの量で塩分も多い。アルコールで流し込みたいと思ったが、おいてはいなかった。隣の大男はこれに塩とケチャップをかけていた。

2012年11月 5日 (月)

GYROS TÁL

Dsc02442ブダペストのB級グルメで特筆すべきは、ケバブ。こっちでは標記のようにギュロスと言うが、ピタパンに挟まっているのがギュロスピタで、写真のものがギュロスタール。街中で本当によく見かける。4~5店舗食べたが、値段は、だいたい同じで、ピタが500~600ft(200円位)。タールが1200~1400ftでピタの倍以上。

店外には「GYROS 500FT」みたいなことが書いてあっても、タールを頼んでしまうと、ちょっと予想外の出費という感が否めない(自分で書いていて、なんだかセコイこと言ってんなぁという気がしてきた)。立ち食い店には酒がおいてないので、こうやってテイクアウトにしてビールと一緒にいただく。
オニオン、トマト、パプリカに、2~3種類のソースがかかっていて、正直、肉の味というより、このソースの味でバサバサの肉を食べているのだが、まぁいい。時々、美味しいと思うこともあるのは、なんだろう、、、ケバブの加熱の仕方や切り分けてからの時間が関係しているのかもしれない。まだ十分な調査は進んでいないが、切り分けた直後のものの方が美味しいような気がする。

2012年11月 4日 (日)

お墓再訪

20121104 今日は半袖一枚でいいくらいの暖かさだったので、もう一回昼間にケレペシ霊園(Kerepesi Temető)にお墓参り。かなりしつこいですね。
雨で寒い11月1日の万聖節(祭日)の夜と暖かい昼間の日曜日(4日)では、人出は、、、ほぼ同じだった。つまり、それほど夜のお参りが一般的だということなのだろう。ポーランド史がご専門のS先生の話だとワルシャワの墓地もこうした感じだという。

前回は暗くて一体広い墓地のどこにいるのかはっきりしなかったが、かなり奥まで歩いたということも、明るい今日だから判った。向きも密集具合も異なり、どういう墓地の構成になっているのかも前回はつかめなかったが、いくつか国籍や亡くなった事柄ごとの区画があることも理解できたので、夜と昼とで違う表情を見せる、この時期に2回来てよかった。
写真のお墓は、【上左から】アンタル・ヨージェフ(Antall József、体制転換後最初の首相)、マードル・フェレンツ(Mádl Ferenc、2000-05年の大統領)、ハンガリー動乱犠牲者(党関係者)墓地。【下左から】大戦戦没者慰霊碑、墓地入り口、ヨーカイ・モール(Jókai Mór、小説家)。
なお小野さんがコメントで東駅付近に行くことを心配してくださったのを知る前だったので、実は東駅周辺をくまなく歩いてきました。日中ということもあって、それほど危険な気配はしなかったのですが、駅正面に向かって左側の区域と工事中のところへ向かう地下道が、ややうらぶれた感じがですかね。確かに夜はちょっと怖いかも。

2012年11月 3日 (土)

Marhapörkölt

Dsc02817寒いとモツ煮込みで焼酎を飲みたくなる。モツではないが煮込み料理は結構ある。頼んだのはMarhapörkölt、牛のワイン煮込みである。食べたのはDob utca(ドブ通り)のSPINOZAというお店。大学に行くときに、時々前を通るが、いつもガイドブックや地図をもった観光客が店の前にいるので、有名店なのだろう(『地球の歩き方』には載っていない)。S先生のオススメでもある。一言で云うと美味しい。肉の旨味がちゃんとする。これで1950ft(700円)。グヤーシュ(同じ系統のものを頼んじゃったぜ)とビールをつけて3800ft(サービス料込み、1400円ほど)。ちゃんとしたレストランなら相場の料金だろう。ただ、先日のPapa kifőzdéjeなら半額以下の料金なので、食べ比べてみなければならない。

2012年11月 1日 (木)

お墓参り

20121101

ブダペストでハロウィンの仮装を見ないわけではないが、そんなに盛んじゃないようだ。むしろ、この時期、万聖節(11月1日)・万霊節(11月2日)お墓参りの方が一般的だというので東駅そばの大きな墓地へ。雨にもかかわらず、ほとんど街灯のない夜の墓地に多くの人が集まり、哀悼の意を表していた。
入り口付近ではサーチライトが煌々と照らされ、花輪やキャンドルが販売されている。墓標はいろいろな形があるが、左下は火葬で散骨形式らしい(ハンガリーは土葬が一般的)。こういう写真を撮っていると「宗教学者なんだな」という気がする。もう一度、昼間に来なくていけない。

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »