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2012年12月

2012年12月29日 (土)

エリザベート

20121229a オペレッタ劇場で「エリザベート」を観劇。前から4列目のど真ん中で5700ft(今の円安レートでも2200円位)。主役が皆、ぽっちゃり/ぽっこり、ムチムチ系なので、余計迫力があった。
前にも書いたように、けっこう今ここにいるのは、このミュージカルの影響が大きいが、ここでは繰り返さない。またこれまで3バージョン観ていきたことにも触れたが、つまり今回のブダペスト版で4バージョン目。途中から気がついたが、日本の東宝・宝塚版よりテンポが速い(ウィーン版は思い出せない)。20分の休憩を入れても3時間弱だから、実際そうなのだろう。
よく言われることだが、日本(特に日本公演ライセンスを最初にゲットした宝塚)版が本家(ウィーンや、たぶんそれを踏襲するハンガリー版)と少し異なる。例えば本家版は全体に愛憎関係が希薄。例えば宝塚版では、名シーン「ミルク」はトートがエリザベートにふられた腹いせに民衆を扇動するのだが、本家では狂言回しのルッキーニが扇動することになっている。またルドルフが革命に加わるのが母への思慕と重なるのだが、本家版にはそれがない。マーチャーシュ教会での戴冠式の三色旗衣装のエピソードもなかった。逆にドイツ系住民の民族主義の台頭は本家版にあって宝塚版にないもの。
観客ウケのツボが異なるようだ。ハンガリー人がお気に入りの場面では拍手の仕方が違っていて、パチパチではなく、シャン、シャン、シャン、シャ、シャ、シシシsssとゆっくりからだんだん速くなる。もう1回くらい観て、そこがどこなのか確認してみたい。

2012年12月27日 (木)

汎ヨーロッパ・ピクニック

20121225a
バブル期と大学院生時代が全く重なっていて、ある意味、世の中の喧噪とは無関係に学究(ヲタク)的な院生生活を送りつつも、当時の世相の映像が出てくると懐かしかったりするものである(何か伝わらない日本語だな)。1989年のベルリンの壁崩壊はどうであろうか、、、ハンマーを振るう若者の姿にベートーベンの第九を合わせるテレビ映像や、鉄条網を突破する家族の姿を覚えているが、それがソ連の解体や社会主義の総崩れへの序曲とは思いもしなかった。
そしてその引き金となったのがハンガリーからオーストリアへの東ドイツ市民約1000人の亡命、いわゆる汎ヨーロッパ・ピクニックであるということを知ったのは、ズーッと後のことであった。今回のサバティカルでどうしても見ておきたいと思ったところ、ショプロンである。
前述のようにクリスマスのプレゼント交換が行われ、友人のお父様から贈られたは、この「ピクニック」関する4カ国本であった。そして「あしたここに行くから」と告げられた。どうやら友人がお父様に相談してくれたようだが、自分としては不案内な土地でタクシーしか交通手段がないところにどうやって行くかと思っていただけに大変嬉しかった。後で判ったことだが、お父様は、当時「ピクニック」の現場にいて、この本の中にも登場されていた!
現在、「ピクニック」の現場は公園になっているが、まだ国境越えの現場は保存されていた。着いた時は樹氷が美しく、濃霧の中を氷が音を立てて折れ、落ちていくのが幻想的でさえあった。そして、その見通しの悪い中から浮かび上がってきたのが監視塔、鉄条網、壁の一部であった(写真)。当時の新聞等から構成されるパネルを見つつ、東西冷戦の終結と人類の壮大な実験の終焉の引き金とされる(本当か? 終焉なのか?)「事件」の現場に立っていることに感動を覚えた。
そして「事件」の現場にいるということ、それは20数年前に起こった過去の出来事を傍観するということでなく、近い将来、東アジアの半島でも起き、それに否応なく関わり、やがて生き証人となるであろう私たちの覚悟を促すものでもあった。

2012年12月26日 (水)

ショプロンでクリスマス

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海外、しかもキリスト教文化圏でクリスマスを非キリスト教徒がどう過ごすかは極めて深刻な問題だ。かつて電車を間違えて、何のアテもないジュネーブでクリスマスを迎えたことがあったが、店は全て休みで、灯りをたよりに見つけた中華で「そうだよな、、クリスチャンじゃないもんな」と悪態をつきつつ食事をとった記憶がある。
そんな私の無聊を知ってか知らずか実家でのクリスマスに誘ってくださったカップルがおられた。ただ私としても正月カウントダウンは大騒ぎ、クリスマスは家族の行事という欧州の常識くらいはわずかに共有していて、またやや込み入った事情もあって、すぐに快諾のお返事を出せないでいた。
しかし今回、生まれてはじめて海外の個人宅でクリスマスを祝うという体験に恵まれて、非常に良かった。場所はハンガリーの西端、ブダペストから列車で3時間程度のショプロンである。ここはトルコの侵攻や世界大戦の戦禍にもあわず、古い城壁等(写真右下)が残っていることでも知られている。友人宅は、この城壁内にある。
さて、24日9時過ぎに出発し、いきなり電車が遅延で乗り換えができず、上記のトラウマが頭をよぎったが、13時に無事到着。宿泊のホテルに荷物を置き、お宅訪問。ツリーの飾り付け、美味しいお食事や飲みのも、プレゼント交換、家族の語らいに触れることができたことを大変嬉しく思う。私の不勉強で言葉の面で難儀もしたが、それもかなりの心遣いを賜り、得難い経験ができた。
25日は教会出席後、国境の汎ヨーロッパ・ピクニック(別項に譲る)の現場、1956年革命の犠牲者の墓地、修道院跡に、また26日はルストアイゼンシュタットというオーストリアの古い街に案内していただいただいた。車の運転と説明の労をとってくださったのは友人のお父様で、大学の木材科学の先生。そうした建築学的観点からの知見にも接することができたことを光栄に思う。
この思い出は一生忘れられない体験となった。本当にありがとうございます。

2012年12月23日 (日)

クリスマスイブ前日

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海外で独り身には寂しい季節となりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。もっとも日本にいた時も、あんまり関係なかったけどね(強がり)。革命的非モテ同盟に連帯を表明します。
で、街を歩くと圧倒的な、断固としたクリスマスムード。キレイなイルミネーションなんか写真に撮らないよーってんで、写真右はアパートの中庭(朝)。これまで何度か雪を見たが、この後も降り続け、今シーズン一番の積雪じゃないかな。
街に出ると円安/クリスマスでレートは100円=約260ftから250ft位(夏は280ftの時もあった)、クリスマス用品やホットワイン(Forralt bor)を売る屋台があちらこちらに(写真左下)、ツリーを引くご夫婦(写真中央)。ホットワインというのはワインに甘味料やスパイスを入れたもので、「邪道だ」としばらく口にしなかったが、飲んでみたら意外にイケル。ただ街中で独りで飲んでいる人はあまり見かけないので、料理済みボトル詰めのもの(写真左上)を独りで部屋で飲む。外気温マイナス2度。室温12度、下着・シャツ・パーカーの3枚で全く寒くない(何だか意地だね)。

2012年12月22日 (土)

サラミ炊き込みご飯

Dsc_0257 最近、「階下の食堂」にかまけて自炊を怠っているが、階下の食堂で気になっているものがある。それは時々出される「炊き込みご飯」である。その日によって具材は異なるが、サラミやベーコン、それに野菜が砕かれたものが入っている。サラミとご飯は合うんだろうか? いつも割と味の濃いものと一緒なので普通の白いご飯にしてもらって、食べる機会を逸している。
なら作ってみればいいと、作ってみた。固形スープがないので、ケチャップと醤油がベースでサラミと玉葱、炊きあがった後に青唐辛子とコーンとブルーチーズと胡椒をトッピングしてみた。でエゲル産のワイン。炊き込みも含め所要時間25分。パエリアの要領で米は洗いもしないし、水にも浸さない。
ワインを飲みつつ食べて見ると、、
うーーん、、なんて素晴らしマリアージュ。いつも気になるご飯の芯っぽさがなく、程度に脂っぽく、これはいけるではないか! 和風だしにすれば沖縄のジューシーだろうか。野菜を変えればいろんばバリエショーンもできそうで、これはハマりそうな予感がする。

2012年12月21日 (金)

どうやって成績をつけるか

ブダペストの大学関係者から何度聞いても、よく判らなかったのは成績の付け方であった。僕の頭が固いというのもあるが、「当たり前のこと」を「当たり前じゃない人」が理解するのは/逆に伝えるのは結構難しい。で、今回のその成績の付け方を目の当たりにしてようやく判った。
・口頭試問
これは日本の大学でも卒論の際に行われるので容易に想像しやすい。学生や教員に聞く限り、ハンガリーでは講義ごとに口頭試問が行われる。もちろん筆記試験もある。どのくらいの比率なのかは今後の調査に譲りたいが、日本で講義の成績をつけるのに口頭試問が行われることはまずないだろう。
・試験問題
では口頭試験でどんなことが行われるのであろうか。学生に聞いたところ、教員との質疑応答もあるが、よく見られるのは講義のキーワードを記したカードを伏せて、学生がそれをめくりキーワードを説明するというもの。もちろん一切持ち込みはダメである。
・インデックス
口頭試問が行われると、その週に教員は採点・成績を出して、面接によって学生一人ひとりに成績を告げ、「インデックス」と呼ばれるノートにサインと成績を記入する。もう一回言おう、「面接によって学生一人ひとりに成績を告げ、インデックスに成績を記入する」のだ。それを聞いた時に、一瞬、「そんなことはあり得ない」と思ったが、実際、昨日、その席に同席させていただいたが、学生が教員室の前に行列をなし、短くて1~2分、長ければ5分ほど、自分の試験の点数と成績(5段階評価)について教員から説明を受けるのである。別の同僚は「サイン会」と評していた。ちなみに「インデックス」と呼ばれるノートはこの期間のみ学生のもとにあるが、通常は大学が管理するのだという。
前述したように、上記のことが理解できず、12月中に成績を出す「ゼミ」は日本風に「平常点」でつけてしまった、、、しかしもう一つの「講義」は(そう「ゼミ」と「講義」を明確に分けているのも興味深い)上記の口頭試問とインデックス記入をさせてもらおうと思う。その際は写真をもって、今一度このシステムを報告したい。

2012年12月19日 (水)

金粉現象

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12月初旬に起きたラップ現象は1週間ほどで終息したが、今度は金粉現象が訪れた。友人が帰国した16日に気がついたのだが、手にうっすらと金粉がついている。ふと思い出したのは友人が来る前も何度か、「あれ、手を洗ったばかりなのに、何で粉っぽいんだろう」と、もう1回手を洗ったこと。
一般に言われる金粉現象は身体内から出てることが多いのだが、金粉は手の甲から服の袖にかけてついているので、明らかに身体外から付いたようだ。しかし私がこれまで目にした金粉現象は(1)ソノ手の世界では有名な『異星人からのメッセージ』愛読の友人の掌から出ているもの、(2)富士のパワースポットの花壇の植物の葉におびただしく付着したもの、(3)宗教取材のジャーナリストが日常生活の中で集めたものと、必ずしも身体内から出てものとは限らなかった。
今回のばあい、よく考えると金粉が登場する法則性があって、掃除をした直後なのである。そして私が掃除をする最後はトイレである。トイレに行ってみると、、、あるではないか金粉が(写真左上)。しかしこの金粉は何であろうか。
実はトイレの窓はあまり開けたくない。アパートには中庭とは別に数メートル四方の屋上から地階まで続く穴があって、ダクトを通すスペースとなっている。たぶん各部屋のトイレ、バス、キッチンがこれに面して窓がつけられているようである。しかし窓を開けると虚ろな壁が目に入り、ゾッとするような気持ち悪さに、あまり窓をあけないようにしている。開ける時は掃除の際なのである。
どうやら金粉はこの時にここから入り込んだ模様だが、何がどいう具合で金粉となって、ここに舞っているのかは依然判らない。とにかくあまり開けたくない窓であることには変わりはない。

2012年12月17日 (月)

怒濤の1週間

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11月に続き、日本から来客。今回は1週間の滞在で下記のような行程となった。前回と違うのは、ユダヤ教改革派シナゴーグのハヌカ祭(写真左上)とアヒル鍋のお呼ばれである。関係各位にお礼申しあげます。本当に心に残る体験でした。
客人の希望もあって、4日連続で「階下の食堂」で昼食を食べた。店に訪れることのないアジア人が男2名であるほか、いろんな意味で店の人に強烈な印象を与えたようで、今日行ったら店主に深々とお辞儀をされた。またフォアグラを食べたいというので、中央市場で買ってきて一人300g以上食べた(写真左下は150gちょっと)。さらに温泉を所望するので4回行った。写真右下は氷点下のせーチェニ温泉である。おまけに深夜「世界で一番美しいマクドナルド」(写真左上)と呼ばれる西駅店でビッグマックセットを食す。二人でワインは1日1~2本、ビール1~2L、それとパーリンカ。以前より酒量は減ったが暴飲暴食の1週間でもあった。
彼とは一時期、学会や調査などで、家族と外泊するより多い晩をともに過ごす年が続き(何か誤解を招きそうだな)、国内外で珍道中を繰り広げてきた。今回も怒濤の1週間で大変であったが、いなくなると寂しいものである。
【月】空港→アパート→キラーイ温泉→雪のマルギット橋歩き
【火】ドハーニのシナゴーグ→大学(学食体験と講義)
【水】マーチャーシュ教会→王宮→ルダシュ温泉
【木】国会とその周辺慰霊スポット→中央市場→英雄広場→セーチェニ温泉
【金】恐怖の館→聖イシュトヴァーン教会→改革派シナゴーグのハヌカ祭→クリスマス会二次会
【土】中央市場→ルダシュ温泉→アヒル鍋の会
【日】アパート→空港

2012年12月 8日 (土)

最高気温-4度

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天気予報を見ると、本日は最高気温-4度で最低気温-10度で、ここ2週間で最も寒い一日だという。私は意外にひねくれたところがあるので、こういう数字を見るとウキウキしてしまう。なので用事を見つけてブダ側のデパートに行く。
出てみると、確かに寒い。一杯ひっかけて行こうかと思ったが、氷点下で酔って滑って転んだということにもなりかねないので、やめておいた。私は意外に慎重なのである。トラムで移動中に「ただ今-2度」の表示が見えて、ちょっとガッカリ。
さてブダ側でトラムを降りたら、ペシュト側より寒い。「ただ今-2度」は「ただ今-3度」くらいだろう。旧モスクワ広場で乗り換えてブダ側を上がっていく。ブダ側は日本で言うと「山の手」で、標高も地価も暮らしぶりも高いので普段はあまり縁がない。こういうことを言う私は意外にイヤミなヤツなのである。
Pázsit通りにあるBudagyöngyデパートに行くのだが、トラムを降りると、モスクワ広場よりさらに寒い。地面はうっすらと雪で覆われている(写真右)。ここに来て「ただ今-4度」だろうか。デパートは新鮮な魚介類なんかの店もあったが、結局お目当ての日本食のお店「うさぎ屋」は見つからなかった。いつもなら魚介類を買うのだが、氷の上に乗ったものを見るのも、ビチャビチャしたものを持って帰るのも、ちょっと躊躇われた。
所期の目的が果たせず、寒い時のドナウの川風に吹かれてみるかなとBatthyány térで降りる。私は意外に酔狂な人間なのだ。やはり風が吹いていて、ここに来て体感温度は「ただ今-5度」くらいだろうか。初めてフードを被ることになった。メトロからあがるとアンナ教会である。ブダ城から見下ろした時に並びの聖フェレンツ・シェベイ教会と並んで「美しい教会だ」と思ったが、下から見上げる分には「普通に立派な教会」だった。ふと、本ブログを見ているというアンナ嬢が誕生日であることをSNSで告げられていたことを思い出し、教会の存在を教えてあげようと写真を撮る。こう見えても私は意外にマメなのである。
2時間半ほどの散歩が終わり、換気のため、窓を開けておいたため冷え切った部屋で忘年会で半分ほど残っていたスパークリングを飲み干した。

2012年12月 6日 (木)

その後の「サンタの日」

20121206
「サンタさんの日」に講義で忘年会。何人かの学生が、この日にちなんだ贈り物、つまりお菓子とムチを持ってきてくれた(写真右上)。お菓子はいい子用だという。そしてムチは、、、グリップがついて本格的だが、言うまでもなく「その手の大人用」ではなく悪い子用である(写真左下)。
悪趣味かもしれないが、包みの中を公開(写真左上・右下)。チョコとキャンディーは予想できたが、ミカンとピーナッツは想定外。しかし「サンタの日」のプレゼントには果物とナッツ類は欠かせないものだそうな。
忘年会の最中、非英語圏のラップの展開がちょっと気になり「マジャール語はラップにのるのか」はという話になって、院生の一人の一押しはanimal cannibalsだという。もちろん知らなかった。また日本人のDJも活躍しているらしい。

2012年12月 5日 (水)

サンタさんの日(※写真はサンタさんではありません)

Dsc03146 教室で。(学生)「先生、ハンガリーではクリスマスプレゼントは誰が持ってくるか知っていますか」、(私)「お父さんだろう?」、(学生)「、、、(食えないヤツだなという表情で苦笑)違います。「小さなジーザス」です。サンタクロースではないのです。」、(私)「でも街中にサンタがいるけど」、(学生)「サンタは「サンタさんの日」にプレゼントを持ってくるのです。それは12月6日です」。
ガーン、、、「サンタさんの日」なるものがあったとは! 恐るべしハンガリー(実際はスロヴァキアにもあるらしい)。『地球の歩き方』に書いてあったかなぁ、、、韓国で4月を除く毎月14日に恋人のための日(日記を贈ったり写真を撮ったりキスをしたり月ごとにイベントがある)が設けられていると聞いて、なおかつ本当にそれが実行されているのを知った時と同じショックである。
どうやら、12月6日は小さなお子さん向けにサンタがお菓子などを持ってやってくるそうな。そしてクリスマスは「小さなジーザス」がやってくる(実際は家族でプレゼント交換などをする)らしい。(学生)「先生「小さなジーザス」といっても、背の低いジーザスではありません。「年が若い」という意味での、、、」。わかっとるわい! んなこと、みなまで言うなて、、、しかし、これはクリスマスが楽しみである。
そして、なるほど。どおりでハンガリーの秋から冬にかけての風物詩「煙突点検」が今シーズン2回目を数えて、「必ず家にいろよな」的な通知書が玄関に張り出されていたのは、「サンタさんの日」が近かったからなのか、、、写真はその点検の模様。

2012年12月 3日 (月)

ラップ現象

20121203 秋(もう冬か)の夜長ではないが、夜遅くまでいろいろと仕事をしている。夜中の3時頃だろうか、リビングから玄関に向かう廊下に人の気配がする。扉(写真左)が明らかに「何か」の圧力でギシギシ音を立てているのだ。「あり得ない」と思いつつ、咳払い(威嚇のつもり)をしつつ扉を開けるが、もちろん誰もいない(写真左上)。
鏡に死角部分が映るのでそこに人がいるのか、また玄関の向こうに誰かいるのかと、しばらく立っていると、今度は背後のリビングから寝室に向かう扉が、やはり「何か」の圧力でミシッミシッといいはじめた。振り返って、その扉を見ても変化はない(写真左下)。その後も断続的に廊下付近で音がして、時にはパタパタという足音、トントントンという規則正しいノック音、カシャ、バタンという扉の開閉音がして、慌てて客間の扉を確認しに行ったりした。
いわゆるラップ現象である。もちろん仕組みのおおよそは判る。昨日から本格的な寒波の襲来で、夜の外気はマイナス2~3度である。部屋は18~19度で、その差は20度。戦前からある古いアパートなので、温度差による建物全体の軋み、ドアや窓への振動が、こうした音となっているのである。

しかーし、スッゲー怖いんですけど!

2012年12月 1日 (土)

最近のお買い物

20121201 今までお買い物はアパートを出て100mも歩かないところにある市場、といっても大手スーパーSparに浸食されて市場の体をなしていないところに行っていた。スーパーであるが、かなり大きく(食品以外も豊富)、良心的で、カードが使えるというのが、通っていた理由だろうか。
恒例のお散歩で、以前からエルジェーベト通りを渡ったところの先の公園(Hunyadi tér)に朝市(写真左上)が立つのは知っていたが、モノがいいかどうか判らない食品を買うだけのために大通りを渡る気もしないので、特に縁はなかった。ところがである。朝市の手前の建物に市場があったのである。外見は全くそれとは判らず、たまたまドア(写真右上)が開いて中を見たら市場だった(写真左下)。アパートのそばのスーパーより1割は安く、しかもモノがいい。例えばスーパーでアボガドを買ったら固くて小さいものが220ft、市場では大きく柔らかいものが180ftといった具合である。スーパーにはない魚屋もある。
U先生オススメのハンガリーB級グルメの雄、lángosのスタンドもあるではないか。並んで、まずはプレーンをいただこうと思ったら、後のおっちゃんがどうしてもサワークリームをかけろをいうので、そうした(写真右端)。味は給食の揚げパンだった。懐かしく美味しい。ただおっちゃん(写真右下から顔半分でこちらを見ている)が食べていたハムのっけの方がはるかに美味しそうであった。

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