2013年3月12日 (火)

最終講義

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ハンガリーでの最終講義である。講義は課題を与え、映画を見て、院生は日本語でディスカッション→キーワードをKJ法を用いて整理して、一つのプレゼンを作っていく。学部生はハンガリー語でディスカッション→3つのキーワードを示して日本語でプレゼン。
実は日本語のディスカッションは前期も提案したが、ちょっと難しいということで、かといってハンガリー語だと私が絶望的なので、完全な講義形式にしたという経緯があった。後期は同僚のU先生(写真左上の右)との共同開講により、ディスカッションが可能になった。U先生、本当にありがとう!
映像を見て、それを言葉にするのは難しい。「面白かった」「綺麗な絵だった」というのであれば簡単だが、日本人の死生観を示すような日本語のキーワードを見つけることは、日本人でも難しいのではないかと思う。
ELTEの学生は「超」が2つくらい冠しても足りないほど優秀で、しかも日本人教師の、この気まぐれなやり方に、最初こそ戸惑いを見せたが、最後の4回目になるとディスカッションもプレゼンも余裕をもって、むしろ愉しみながら行っているのが判った。
最後は「HANA-Bl」のラスト15分を見る。外国人には理解しづらい結末なのかもしれないが、ここに現代日本の「生き方」「死に方」があることを60年前の「東京物語」と比較しつつ、まとめにかえた。私の力量不足で伝わったかどうかやや心配だったが、最後は大きな拍手を頂き、帰国前日の勤めを終えることができた。

東京物語とHANA-BI

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講義の最後は北野武「HANA-BI」である。時間の関係上、いつものように課題を出して映画を見るのではなく、「東京物語」のテーマ(それは言わないでおく)が、この映画にどう引き継がれ、変容したのかを僕が解説し、この講義全体のまとめとした。
時々、指摘されることだた小津安二郎と北野武の作風は似たところがある。寡黙とユーモア、そして映画の一部分を切り取っても、低位置のカメラアングルや北野ブルーと呼ばれる映像など、画面の質感に強いこだわりを見て取れる。そして何より「東京物語」と「HANA-BI」は妻(母)の死と、その際の夫(子どもたち)の表情・行動・想いをどうとらえるかがテーマとなっている点で共通していると見ていいだろう。「東京物語」で笠智衆は妻の死の朝に「今日も暑うなるぞ」と呟いた。そこに60年前に日本人の死生観を探る訳だが、「HANA-BI」では北野武は何を思い、何をするのだろうか。ここに留意して学生には映画を見て貰う。

2013年3月 9日 (土)

東京物語

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U先生の大講演会の記事を書き、U先生自身のブログの記事を読んだら、なんだか妙にライバル心が芽生えてしまい、「オレだって、オレだって」と、最近の写真をチェック。あるじゃないか「白熱教室 at ELTE」。
これは4日目(通算8時間目)の講義。扱う映画は小津安二郎の「東京物語」。言わずと知れた小津の、いや日本映画の、いやいや人類映画史上に残る大傑作である。映画は尾道から上京した老夫婦を疎んじる実子と甲斐甲斐しく世話をする義理の娘の対比を、ゆったり、情緒的に描いているが、後半は母の死をめぐって急展開する。
母の死期を無表情に告げる医者の長男、最初こそ泣き出すものの、すぐに形見分けを欲しがり「こう言っちゃなんだけど、お父さん先の方がよかったわね」と宣う長女、野球の試合があるとすぐに帰ってしまう三男、、、そして妻の死の朝に「今日も暑うなるぞ」と天気を気にする夫。こう書くと冷血な一家のように見えるかも知れないが、確かに日本の葬式ではよく見る光景(特に長女の演技は「いるよな、、、こういうオバサン」と凄いものがある)なのである。講義はここに焦点を当てて、「なぜ子どもたちは、あたかも母の死を悲しまないかのように見えるのか。あるいは、なぜ小津はそのように演出したのか」である。
日本の講義でも時々使うテーマであり、日本人学生もピンとこなかったり、考え込む課題である。
ハンガリー人学生が、立ち見の学生も含め、小津映画をジッと見つめ、会話の文字起こし資料にいっぱい書き込みをしている姿を見ると(講義が終わった後も廊下で映画の話をしている)、次週の彼女たちの応答が楽しみである。映画効果もあるが、先週に引き続き、講義が終わると期せずして拍手をおきる!

2013年3月 8日 (金)

U先生大講演会

Dsc03648 本ブログに時々登場し、現在、講義を共同開講させていただいているU先生が、国際交流基金の大講演会にご登壇されるというので、それまで打ち合わせをしていた学生と一緒に拝聴しにいく。開始5分前に行ったら、事前予約をしていない聴衆が会場に入れず、廊下に座り込んでいた。うーん、2010年、パップ・ラースロー・スポーツアリーナに数万人を集めたダライ・ラマの講演会を彷彿とさせるとは、誰も言ってない、言ってない。
結局、予約キャンセルもあって全員が会場に入ることができたが、座席はほぼ全て埋まった、、、が、主役が来ない。開始から遅れること25分、どうやら「忘れ物」をして大学にいったん戻っていたというU先生がご登壇。さすが大物は違うと会場中をうならせた。
ご講演は、ご自分の翻訳書にまつわるエピソードをあげつつ、日本のハンガリー絵本の受容を整理した内容であった。ユーモアと脱線や通訳のM先生との絶妙な掛け合いを交えつつ、興味深い内容であった。会場には翻訳された絵本の作家も来られていて、やりづらかろうと思いつつ、聴衆をしっかりと魅了されていた。日本への受容については、キャラクター文化と東欧ブームをあげておられたが、非東欧地域との比較も知りたいと思い、U先生の今後のご活躍の幅を期待させるものであった。
ご講演後の質疑応答も盛んであった。途中、「事前案内には「翻訳の秘密」とあるが」という質問に、U先生が「それを書いたのは私ではなく、、」とプロらしからぬことを口にされようとしたので、それを遮り、不肖私めが、翻訳しづらい単語やフレーズをどう処理されているのか「秘密を教えてほしい」とフォローの質問をさせていただいた。
U先生には、かねがね「これからドンドン立派になって」というようなことを申しあげいるのだが、実は「すでに立派なのだから」だったと、本日、不明を恥じ、訂正させていただきとうございます。
帰り際に一緒に行った学生がトラムの駅で、「諦めかけていた翻訳をやろうと再び思った」と、聴衆に勇気と希望を与えていたことも付け加え、「笑いとホロリ」の大坂テイストの「ホロリ」もあったことを、大坂で学ばれたU先生にお伝えさせていただこう。

2013年3月 5日 (火)

ナウシカ

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講義3本目の映画は「風の谷のナウシカ」。最後のシーンに登場する一本の木の芽生え(写真左上)は何を意味するのかが課題。いつもと同じようにハンガリー語で議論の後、キーワード3つで日本語で説明する。学生の意見はだいたい共通していて、「希望」「共生」「蘇り」「いのち」だった。今回は僕も一参加者という発題をする。僕は「希望Hope」「癒しHealing」「生命主義Vitalism」をあげた(写真右上)。
「希望」はほとんどの班で出されたキーワードだ。しかし実は受講生は誰も読んでおらず、時間の関係上、僕も触れなかった漫画版ナウシカは、この「希望」が反転し、ナウシカは人類の「希望」を、文字通り踏みにじる結末になる。ある受講生(もちろん漫画版を読んでいない)が、「人類は自然と共生できないし、そんなパーフェクトな世界が人間にとって本当にいいの?」と、映画版が終わって10年かけて宮崎駿が問うた漫画版の世界を先取りするかのような疑問を呈したのには驚いた。

2013年3月 2日 (土)

スピコン

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こちらに来て、日本語教師の方々の口から時々「スピコンが、、、」という単語を耳にした。「えっ、ハンガリーにもスピコンが、、、」と驚いたものだ。ある時から両者は別のもので、前者は日本語スピーチコンテストであることが判った。ちなみに後者はスピリチュアルコンベンション(現スピリチュアルマーケット)。
さて、その前者のスピコンであるが、審査員を仰せつかることとなり、セントラースロー高校に行ってきた。初級・中級・上級の3カテゴリーで、各5名がスピーチし、上位3名が入賞するというもの。審査員なので、あまり内輪の話やスピーカー一人ひとりへの講評は避けたいが、実に面白かった。

まず初級といえども、実に上手なのである。スピーチは模範的な日本語を原稿通りに読むタイプと多少、ブロークンでも訴えかけるタイプの二種類に分かれて、どうちらを高評価とするかでずいぶん議論が行われた。しかし審査基準は、さすが20年の伝統があるだけあって、おおよそ考えられる基準が網の目のように張り巡らされて、公平性・公正性において行き届いたものであった。(写真は入賞者)

2013年2月19日 (火)

おくりびと

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「おくりびと」を見てディスカッション。なぜ美香は納棺を汚らわしいと言ったにもかかわらず、大悟の仕事を受け入れるようになったのか。ハンガリー語で30分で議論して、日本語キーワード3つを紙に書いて日本語で2分で説明するというもの。
最初はうまくいくか心配だったが、みんな熱心に(準備も議論も)取り組んでいた。納棺師という、この映画までは日本人も(恥ずかしながら宗教学者も)あまりよく知らない仕事を扱った映画だが、死の拒絶、死者への尊厳、仕事の静謐さ、そこににじみ出る人間関係などは、日本人もハンガリー人も共通して、この映画から得た印象なのでだろう。
講義は2コマ続きで、この後、黒澤明「生きる」を見る。予想通り、画質や音声の見づらさ、聞き取りづらさ、そもそも日本語が難しいということから、「おくりびと」のような集中した視聴が確保できなかった。来週はちょっと心配。

2013年2月12日 (火)

講義開始

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急きょ担当することになった講義「映画で学ぶ日本の死生観」。当初、受講生が来ないんじゃないかと思っていたところ、U先生クラスとの合同にしたら、教室に入りきれない50名の受講者。大学院を中心にしたアドバンスコースと学部2年生を中心にしたベーシックコースに分けることに。
1回3時間。毎回お題を出して映画を40分ほど見て、そのお題をめぐってハンガリー語で議論をして、日本語で報告するという流れで、5本の作品を見る。日本では普通にやっているグループワークが、こっちではどうなるのかも楽しみである(U先生担当)。日本では必須のアイスブレイクは? 司会とか書記は?
1本目は「おくりびと」、2本目は「生きる」。映画全編を見る訳ではないので、写真のような相関図を作成してストーリーを知ってもらう(英語版ウィキペディア様、本当にありがとう!)。たまたま2つの作品の写真を並べてみたが、「生きる」の画力というか、人物の表情に見入ってしまう。「生きる」の小田切みき(Toyo役、チャコちゃんシリーズのチャコの実母)の写真をキャプチャーしようとすると、どれもこれも凄くいい表情なので、申し訳ないが広末が色褪せてしまう。目の輝きが違う。志村喬はもちろん、伊藤雄之助などは怪演である。モックンもこういう職人っぽい役づくりがうまいのだが、志村や伊藤と比べると、、、
まぁ、1950年代の日本映画は輝いていたからね。なおハンガリーの学生の何人かが「七人の侍」を見ているのには驚いた。

2013年2月 7日 (木)

グループワーク

来週からの講義に関して同僚と打ち合わせ。今回の講義は映画を見て日本人の死生観について考えるものであるが、二転三転して、思い切ってハンガリー語によるグループワークを取り入れることとなった。もちろんハンガリー語に関しては僕ではなくU先生の担当。
一方向ではなく双方向、そしてグループワークを取り入れるとなると、かなり状況に左右される。経験上、学生の方から予期せぬ、あるいはこちらが求めていないレスポンス/ワークの流れがあることが多く、その際の整流がファシリテータとしての教員に、あるいはグループリーダへの示唆・支援がスーパーバイザとしての教員に強く求められる。どこまで整えるかが難しい。僕の立場は講義にはゴールがあり、多様性を認めつつも、いつしか「ある回答」に向かうのが「美しい」のだが、U先生はむしろ多様性こそを認めるという立場であった。
3年前に宗教学の講義に関する研究会で、僕が日頃の講義の一端を報告することがあり、ある大先生に満座の席上「一つの回答に学生を導くのは間違っている」と厳しく叱責され、研究会でも意見が割れたのを思い出した。こうなると価値観の問題となるのだが、立場が異なる教員が一つの講義を作るとなると、実際の協働作業の中で擦り合わせていくしかない。
ふと振り返って、教員歴20数年で2~3回大きなシフトがあった。教壇に立ち始めの時、僕も講義というのは学説史や概念や学者の業績を教えるものだと思っていた時期があった。しかしやがて手応えがなくなり、90年代の半ば頃から「問い」を出し、学生が「回答」を自力で見つけるという基本路線が出来てきた。しかし決定的だったのは98年だったか、ある学生から「先生は双方向を目指しているかもしれないが、僕が知りたいのは隣に座っている学生が何を考えているかなのだ」と図入りでコメントしてきたことだった。ここから教員=ファシリテータと考え、ワークショップ、グループエンカウンター、ディベート術、初等教育のクラスづくりなどを学び、グループワークをメインにすえた学生主体の講義作りを目指してきた。
これらは同好の士もいて、かなり手応えがあったが(高等教育の雑誌への寄稿や新聞への署名記事を求められたり、他大学でのFD用にビデオなども制作した)、この学生主体というのは、5年くらいで暗礁に乗り上げた。今は詳しく書かないが、2006・07年ごろ、学生主体の旗を降ろし、グループワークは最低限に抑え、昔はやろうと考えもしなかった「知識量を問う試験」などを始めるようにもなった。学生主体から教員主体に大きく舵を切ったのだ。しかし2010年から教育活動の一部を学外のコミュニティスペースに求めて、再びグループワークの重要性を感じるようになっている。正確に言うと、教室という実験室を出て、社会集団としての学びのコミュニティの構築に向かった。20年間試してきた実践を改めて試行錯誤し、軌道修正しているというが今の現状だろうか。いや、そのコミュニティスペースも僕がこっちに来ている間に閉鎖となったので、再び暗礁に乗り上げたのかもしれない(大学に僕の戻る場所はあるのだろうか)。
そんな中でハンガリーでグループワークをすると思いもしなかった。扱うテーマが日本人の死生観だけに言葉のみの教育の限界は何となく見えるのだが、だからと言って、映画とグループワークが有効な手段なのか、まだ自信はない。U先生の働きがかなり重要なので頼みますよ! 僕自身かなり緊張しているのは事実である。

2013年2月 5日 (火)

パールフェリ現象

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お世話になっているK先生に誘われてハンガリーで「パールフェリ現象」と呼ばれるカトリック司祭にして精神健康専門家のパール・フェレンツ講演会に行ってみる。会場となったMOM文化センターは超満員だった!
当初、司祭が登場するや凄い熱狂かと思ったが、ジーパン姿の司祭はフラッと壇上に上がり、特に儀式めいたものはなく、講演が始まった。先生の同時通訳のおかげで、話の内容はよく判った。神さまの話はなく、ほとんどがエピソードやたとえ話を用いた、心の使い方、人間関係、欲望・希望・価値・モラルに関することであった。日本で言うとテレビに登場する「ご意見番」というところだろうか。後半、少しスピリチュアリティへの言及、最後は祈りの言葉で締めくくられた。
司祭は舞台を歩き回り、時にドッカと腰を下ろし、ちょっとした物まねを交えながら話をする。会場は笑いに包まれている。日本でスピリチュアルや体験談の研究をしている者なら、それほど抵抗なく受け入れられるものである。先生も指摘されていたが、消費社会における人間のあり方に焦点を当てた内容である。つまり欲望が拡大していくなか次々に欲しいものを見つけていく生き方なのか、そうではない生き方を模索するのか、である。
終了後、旧モスクワ広場でお食事。一緒に来た先生の娘さん(大学生)から「麻原彰晃がなぜ死刑にならないのかに関心がある」と、しばしオウム談義。貴重な、楽しい時間をありがとうございました。

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